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改革と言うだけでやっていける野党議員ー江田関連の勉強会

こんな気楽な商売もないな。
改革って言ってるだけでいいんだから。ただし、絶対に与党になってはいけない(笑)。
民主政権のように中身がないのがばれて、その後が大変だ。
野党に徹すれば、以前の民主のように、一定議席を保って、テレビなどで好き勝手な事が言えるだろう。

>民主党の細野豪志前幹事長は10日、日本維新の会国会議員団の松野頼久幹事長、みんなの党に離党届を出した江田憲司前幹事長との超党派勉強会「既得権益を打破する会」に国会議員85人が入会したと明らかにした。うち52人が同日の設立総会に参加。江田氏は「改革派が集まった」と、野党再編をにらんでの規模拡大に期待を示した。
ソース

民主細野に、維新の松野、みんなの江田。で御旗が「改革」と。信用されるのかしらん。
民主の後だしなあ(笑)。

ま、日本人てのはこれまでにも散々騙されて来てるから、いけないとも限らない。民主以前にも、日本新党ブーム、社会党のマドンナブーム、ずっと遡れば、新自由クラブブームってのがあったし。それはそれで、時折のショック療法にはなっていないとも限らないし。あと10年ぐらいしたら、人気が出て政権取れるかも。しかし、取ったらおしまい(笑)。

なんかの植物で花が咲いたら枯れるとかってのがあったが。竹だったかな。あるいは、交尾したら死ぬ魚や蜂みたいな。これらは、子孫を残すから死んでもいいんだが、民主みたいなのが政権を取ると、負の遺産しか残さないから国民が迷惑する。辺野古問題なんて、関係者の必死の根回しでなんとか出来上がってたのに、あのルーピーが目茶苦茶にしてしまった。子供が盆栽引っ繰り返すのとまるで変わらない。しかも被害は甚大極まる。その他、尖閣問題、原発問題、日韓の間の文化財問題。慰安婦問題にまで手を付けようとしていたらしい。これやられてたら、日本はお終いだったかもしれない。

民主自体がそれほど政権狙ってるようには見えなかったが、小沢が無理矢理持っていった。デタラメマニフェストまで作って。恐らく、政治資金問題での追及を阻もうとしたんだろうと思うけど。確か、検事総長を息のかかったのに変えてる。あの頃は、マスコミに裏から手を伸ばしていたらしく、凄まじい自民攻撃、民主上げだった。是非、あの頃の実態を明らかにして欲しい物だ。


いい加減、進歩幻想、改革幻想をやめたらどうだろうかねえ。人間も社会もそれほど良くなるわけじゃない、ってある程度は諦めた方がいいと思う。勿論、不味い部分はその都度改善すればいいが、改革すれば世の中バラ色になるなんて前提は止めてほしいものだ。日本は他国に比べれば、もう十分発達している。これ以上の発達も可能かもしれないが、それはよほどの思考の持ち主じゃないと読めない事だとおもう。

そもそも人間は、DNAが変わらない以上は、劇的な変化はしないと思うべきだろう。マルクスの時は知られてなかったわけだけど。その頃は西洋の観念論の流れで、タブラリーサ(白い紙)なんて発想があって、人間の精神内容は、生後どうにでも作ることが出来ると思われていた。パソコンに色んなソフトを入れるように。共産国家で子供の頃から指導者を礼賛させるのも、そこから出た物だろう。サヨクが教育の場を必死になって支配しようとするのもそれ。レーニンが革命後まずやったのが、新聞(マスコミ)と教育を押さえる事だった。これは当時としては炯眼である。しかし、今時やっても無駄(笑)。マスコミをもサヨクが押さえている間はまだ可能だったかもしれないが、ネット時代にはもう絶対無理なんだから(笑)。

大人になればそんな指導者礼賛の意識など消えてなくなる。自己保存あるいは、子孫を残そうという本能が全てに優先する。その為の礼賛はあるだろうけど、信じているわけじゃない。植え付けられたイデオロギーなど意味はなくなる。共産国家が崩壊したのを見れば分かる事。下部構造(経済関係)がどうだと言っても、人間にはさらにその下に、DNAがあったわけで。20世紀前半までは誰も知らなかったんだから、それ以前の知識に基盤を置く旧式の思想は消えて貰わないといけない。

勿論、人間の実際の姿を前提にした思想は別にそれはそれで意味はあるだろうけど、経済関係を変えれば社会も人間も変わるとかいう類の、「科学的」思想、それに基づく政治的党派、政治家はこの世から消えて貰わないといけない。人間についての不備な知識で科学的とか言われても困るんだよね。当然、現在でも知識は十分ではない。今後全く新しい知見が得られるだろう。それらに応じて可能な範囲でやればいい。少なくとも共産主義とかもはや100%あり得ないのは、現実の経過を見ても、本当の「科学的」知識に基づいても、明か。


「改革」を呼号する勢力も、共産主義ではないわけだけど、そのイメージを利用している。彼らに任せれば、日本は変わる、って信じさせたいわけだろう。まあ、民主の失敗を受け手の二番煎じだから無理とは思うが。

社会制度を変える場合だって、当事者はその新しいシステムの良い面だけを見てるわけだけど、個人個人がどんな反応をするかまでは予測出来ていない事が多い。典型例は、かつて東京都がやった、高校入試での学校群制度である。きっと制定した側は、これで高校が平均化して過当な競争がなくなると夢を見ていたんだろうけど、受験者は都立を棄てて私立に向かった。

進歩史観を信じるものは、変革したら良い物になると思いこんでる。しかし、それはただ単に、AというシステムがBというシステムに変わっただけの事である。Bシステムがよりよいものなのかどうか、そもそも機能するかどうかすら誰にも分からない。人間の体と同様、社会自体も内部で有機的に繋がってるわけで、どこか変えたら他に影響が出る。それがどう出るかなんて見通せる人間はいない。共産主義国家の破産を見れば、誰にも予測出来なかったわけで。当時共産主義運動を起こした連中はそれなりに優秀な集団だったと思うけど、無理だった。

それを考えれば、50年頃に「動物農場」や「1984」を書いたジョージオーウエルの先見の明の素晴らしさは例えようがない。ま、もっとも彼もまさか、北朝鮮や中国、カンボジアのような国家が出来るとは夢にも思わなかっただろうけど(笑)。まさか、一家族による独裁だとか、国民の大量虐殺だとか、国土を汚染しまくって金だけに執着し、税金から莫大な金を横領して、自分は敵国アメリカ辺りに逃げようなんて指導者がでてくるとは予想出来なかっただろう。「1984」に出てくる指導者は、態度自体は真面目である。出来る物なら、生き返って今の世界を見て欲しい物だ。卒倒するかもしれない(笑)。


(追記12/18)
「先見の明」と書いたが、実際は既に共産主義体制は始まっていたので、表現としては相応しくはない。しかし、世界的に共産主義への幻滅が始まるのは、恐らくスターリン批判(56年)、同年のハンガリー動乱、プラハの春(68年)辺りからだろうから先見的であったことは間違いない。ちなみに、「動物農場」は45年、「1984」は49年。

それ以前から、トロツキーの追放と暗殺、赤軍幹部や共産党幹部の粛清などが知られていたが、多くの知識人は共産主義への夢に浸っていた。世界的に夢が覚めるのは、70年代以降でないだろうか。

日本だと、50年代末から始まった北朝鮮への帰還事業に際して、サヨク連中は、北朝鮮を「地上の楽園」とかいってたし、50年代から60年代にかけては、朝鮮戦争は韓国が起こしたものだといった論が主流だった。客観的情勢(米軍の撤退など)を見ればあり得ない話なのだが。60年頃中国を旅行した大江健三郎は、「労働者の顔は輝いてた」なんて事を書いていた。日教組は90年頃まで毎年北朝鮮に使節団を送り、「首領様マンセー」とか叫んでいた。完全に北朝鮮への夢(笑)が覚めるのは、金正日が拉致を認めた21世紀になってからだろう。それでも一部の連中はまだ宗旨を変えてないみたいだが。ま、一生かけてやって来たことだしね(笑)。

オーウェルはスペイン内戦に参加し、トロツキスト派に所属して、スターリン系の集団の身勝手さを実体験しているから、彼らの本質を見抜く事ができたのだろう。ウソをウソというのにも、大変な時間と経験がかかるものなのだ。





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