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反日はなぜ存在するのか

都知事選関連の動画を探してたら桜井の少し古いのがでて来た。。
例の望月イソコにちなんで、東京新聞社前でやったものらしい。



”朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、最も恥ずべき売国三羽烏”
”70年前に一度戦争に負けただだけで、日本を守ろうとするものはいなくなった”
”日本を激しく罵り、言うことは韓国韓国”

なんて事を言っていて、ま間違ってはいない(笑)

問題はなぜここまでの売国が国内に蔓延ったのかということ。ここまで来てるのは他国にはないだろう。
自分で思ったことを箇条文で書いてくと、

1.ソ連の収容所で、ソ連側についたいわゆるアクティブが、日本側を批判し、自らは批判される事はなく、好待遇を受けた。
2.その後の数年、日本ではこの態度が左翼の基本パターンとなった。またそれが進んだものだというのが当たり前のものと考えられた。日本側は悪に決まっているから。
3.その後朝鮮戦争の勃発でアメリカを始めとする連合国側の態度は変わるのだが、ソ連中国との関係が深い左翼、左翼系メディアは変わることはなかった。
4.80年代以降、ソ連の崩壊、北による拉致発覚などがおきるが、逆に新たな希望、”韓国”が現れた(笑)。80年代前半までは、北が天国なら、南の韓国は地獄のように描かれていたのだが。
5.同時に80年代以降、奇妙な論旨のものが見られるようになった。日露戦争は日本の侵略戦争、といった類のものである。同時に”戦後補償”なんて言葉が作られた。これらは、ある意味、西側の経済的勝利を認めた上でのものであっただろう。
6.2000年以降になると、戦争直後のように日本を批判してくれるのは、もはや韓国(と北朝鮮)ぐらいになった。中国もあまり期待はできない。身に錆がつきすぎてるし。

まあ、ざっとこんな感じかなあ。

細かく言うと、
1.については、やったことは同じである。しかし、相手国側によることによって、自分は追及されず、むしろ追及する側になり、さらに待遇が良くなった。もう、一石二鳥三鳥である。しかも、彼らは一切の謝罪はしない。連中がほっとくわけがない。

2.については、日本の一種の弱味であって、外国が先に行ってて、それを追うのが日本。これは、多くの日本人は当然のように感じることだろう。

3.”逆コース”、”いつか来た道”などと言われて左翼らの攻撃の対象となったが、しかし、論壇、教育界は変わることはなかった。これは80年代まで続く。当時、改憲という言葉はタブーであった。

4.まあ、これが驚きではあった。ほんの数年で、天地が逆転した(笑)。これには、背景には軍事体制の終わりということがあったが、一方に慰安婦問題があったようだ。95年に江藤総務長官が、”日本は朝鮮にいいこともした”とかいっただけで、大騒ぎになって、大臣を辞めた。まあ、正確には”良い事しかしなかった”というのが正しい(笑)。

5.これがわけわからん話しではあったなあ。日本の侵略は日清日露から始まっていたらしい。なにか歴史感覚がおかしいだろう。

6.これも。左翼の大変針だった。いまじゃ、宇都宮けんじからして韓国詣でだし。韓国だけが左翼の味方(笑)。

続く
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