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不都合、不可解な真実、アイヌ問題

アイヌ問題が知らぬところで日本を蚕食している。そこには、近隣諸国と国内の「リベラル」勢力がある。


その2もある。
まあ、驚くべき話ではある。小野寺まさる、って人は信用していいと思う。


この人は本当のアイヌ系統の人らしい。こういう人が追いやられている。

私はむかしから、アイヌには関心があり、言葉を習ったり北海道に行って、アイヌのおばさん達に話を聞いたりしていた。当時は取り立てて特になんとも思っていなかったのだが、どうもアイヌ新法ができたあたりから、雰囲気が変わったと思う。

アイヌに関して特に気になるのが、彼らが「先住民」なのかどうかという点だ。まあ、私は違うと思う。
日本(天皇側)は11世紀になるころ、岩手県まで進出していた。そして、前九年後三年の役が起きる。この時戦った相手は、蝦夷。アイヌではない。言葉が通じたような記録が残っている。

義家が、「衣の館はほころびにけり」と下の句を言うと、貞任「年を経し糸の乱れのくるしさに」と上を付ける。ま、本当かどうかは知らないが特に通訳がいたわけでもなさそうだし。「陸奥話記」などをみても通訳通詞のことなど書いてなかったと思う。しかし、アイヌは全く違う。これは全く通じないのだ。全然違う言葉。蝦夷は日本語だったのでは。

11世紀、12世紀というのは微妙な時期だ。アイヌの遺跡が確認されるのが、12世紀終わり頃か。樺太にいたアイヌがモンゴル帝国と戦って破れたのが12世紀後半。そしてアイヌだとはっきりわかる地名が残っているのが、青森県あたり。蝦夷との境界あたりということになる。

あと、私にとって最も違和感を感じるのは、アイヌに海洋民族のニオイがしない、という点。全くしなかったわけではないが、あの衣装などは海での漁に向いていない。あれは内陸部にいた民族だと思う。川の漁などを強調するところなど。日本列島にいた民族は、海での漁をやっていた。せざるを得なかった。

弥生縄文から、日本人は海の漁をやっていたのは線刻画や貝塚などに証拠はいくらもある。

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今の時点で分かっていること。
1.アイヌは縄文民族の子孫。その意味では日本民族、沖縄民族と関係が強い。遺伝子はハプログループDの系統。
2.しかし、言葉は全く違う。これが不思議。私見では、かなり昔に日本民族と距離的に別れたのだろう。
3.モンゴルのアイヌ攻撃は、13世紀の間違いだった。1272-1306年
4.アイヌだとはっきりわかる北海道の遺跡は1200年あたり、それ以前のは所属j不明。
5.青森に明らかにアイヌと分かる地名があるということは、そこまで進出していたということ、そして北海道に返ったということ。またこれに関して日本側に記録はない。
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テーマ : 情報の後ろにある真実
ジャンル : 政治・経済

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