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雑感・・・月食、ジェンダーフリー?、その他

スーパーブルームーン?だとか。
関東じゃ見れないとか言ってたみたいだったので、気にしてなかったら、しっかり見えてた。慌てて機材運び出して撮ったけど、やはり天体写真は経験と準備、場所が必要。普段やってないし、カメラと望遠レンズだけで撮ったけど、設定とか、レンズを向ける方向で、かなり慌てた。

moon2.jpgmoon1.jpg

レンズはロシア、zenit社製の500mmレフレックスレンズ、MC 3M-5CA。70年代から80年代辺りにくられたらしい。通常の望遠レンズは屈折型で長く重いが、これはミラー型で、コンパクトで非常に軽い。ただ、ボケが特殊なので一般にはあまり使われていない。価格も安めで、今でも1万円ぐらいで買えるようだ。こちらのサイトを見ると結構綺麗に写っているが。→ サイト

月の写真なんてはるか昔に撮っただけなので、どのレンズを使えばいいのか分からず、いろんなのをつけたり外したりしてて、200mmぐらいでもダメだったので諦めかけたが、レンズ置き場の隅にこのレンズがあるのを見つけた(笑)。昔買ってほとんど使ってなかった。昨日はほぼ真上にレンズを向けなくてはならず、大きめのレンズは三脚でも使いにくかったが、これなら何とかなった。500mmなんて普通は使いみちがなかったけど。鳥を撮るか、カーレースなどで遠くを走ってるのを撮るかぐらいしか見当がつかない。普段は135mmでもあまり使わなくなった。

で、赤い月と言えば、やはりbabymetalの「紅月」、アカペラバージョン。いい加減な写真と並べるのは悪いが。




☆ 社会的な性の概念形成には生物的要因も影響
→ サイト魚拓
あたりめ~だ(笑)。「も」とはなんだ。「が」だろう(笑)。

かつては、男女の性の役割、概念はすべて社会的に形成されたものだなんて思潮がはばをきかせたものだった。ウーマンリブとかジェンダーフリーとか。そのころから変だなあと思っていたが、もうそれが絶対正しいという前提で主張されていた。いわゆるリベラリズムの表立った走りではないかなあ。多分、フランクフルト学派からでたもの、そして、それはマルクス主義から出てる。

マルクス主義は、すべてを社会のせいにしたからね。社会的関係を客観視しようというスタンスは良かったかもしれないが、結論を急ぎすぎた。当時の科学的知識で決めてしまった。当時はDNAは発見されてないし、精神というものが肉体とは独立して存在するかのように思われていた。しかもその人間を作ったのは神なのだ。キリスト教を否定はしても、その主張だけは受け継いていた。人間は特別なのだと。動物とは違うと。しかし、同じなのだ。

そして有害な面のある社会は打倒して新たな社会を作るべきだとした。そこには何のネガティブな面もない社会が生まれるだろうと。しかし、そうはならなかった。はるかに悲惨な社会が登場した。ポルポトのカンボジア、金日成の北朝鮮、スターリンのソ連、毛沢東の中国。否定すれば良くなる、そんな単純なものではなかったのだが、日本なんかではまだそんな単細胞な主張をするサヨクがいるが。

まあ、19世紀にそう考えたのはやむを得ないとはいえ、20世紀、21世紀になっても同じ主張をしてるのが異常である。今となってはただのカルト、しかも異様に危険なカルトである。20世紀に共産主義者が殺した人間は1億人にも及ぶらしい。ナチなどの比ではない。絶対的に正しい共産党の主張通りに行動できない人間は抹殺してもいいって前提だからね。来るべき未来の楽園に入る価値はないのだ。そんなキチガイじみた主張の集団なのに、国会に平気で出てるし。その事になんのj反省もしていない。

まあ、人間が爬虫類や両生類なら、完全に平等でもいいのだ。メスが卵を生む以外は平等でいい。しかし哺乳類は違う。子育てをするのがメスの役割だ。そしてそれは退歩なんかではなく、進歩なのだ。その態勢になることによって、哺乳類は生き延びた。中生代末期の隕石の落下による暗黒時代を生き延びる事ができた。両性の異なった役割こそが重要であって、女性が劣等な立場にある、という観点こそが差別的であるだろう。違っているのが良いことなのだ。リベラリストの主張は、哺乳類を止めて爬虫類に帰れ、というようなものである。しかし一神教の呪縛下では両性が違う事に価値があるという考えはとれない。旧約聖書は男性中心であって、女性の存在に関して差別的な事が書いてあるし。今の一神教はすべて旧約聖書を下にしている。ここが問題なのだが、自覚はできないのだろう。

(2/12追記)
旧約聖書はまるで、宇宙や歴史の真実が書いてあるかのようなイメージを持たれているが、あれはキリスト教圏で絶対視されてたからに過ぎない。これは実態としては、オリエントの片隅にいた弱小民族が紀元前400年頃にまとめた書物でしかない。しかし、一神教すべての原典にあたるので、影響が大きくなりすぎてしまった。砂漠という過酷な環境に住んでいたから、過度に男性中心になっている。女は男の体の一部から作られたという、実際の生物史とはまるで逆の描写になった。これのもたらした害悪は計り知れない。この点については、HPのページ → 旧約聖書「天地創造」神話の驚くべき解釈、このブログの、ベビーメタル再考、など参照。


☆ F1レースでグリッドガールの廃止が決定

またタイミングの良いことに、F1レースでレース開始前ボードなどを掲げていたグリッドガールを廃止することが決まった。ポリコレ棒をを振るいたい人間はどこにでもいるらしい。ほんとにこの手の偽善、建前はいい加減にして欲しいと思うが。

誰が被害を受けたわけでもないし、何の損害もあるわけではない。単に、特殊な主張をする団体が、現代に合わないと言ってるだけだ。しかしそれが正しいかのように受け止められて廃止が決まった。イデオロギーに従って世界は動いてはいけない。それは特殊なあり方なのだ。ある種の主観の押しつけでしかない。

しかし、この手の「進んだ」と称する主張が世論をリードする状況は今後もずっと続くだろう。主張する側もそれを当然のように言うだろう。どういうわけか、反対派でさえ、そちらが正しいかのように感じさせられている。多文化共生や、LGBTなどと同様。そのメカニズムがよくわからない。なぜある特殊な主張が絶対に正しいかのように思われるのか。この例にしても、あるアンケートではグリッドガールの存続には60%が賛成らしい。しかし、実態としては廃止になる。古いものは間違ってる、という先入観を持たされているのだ。たしかに時代は進歩してきた。しかし、イデオロギーが新しいからといって正しいとは言えないのは、共産主義の破綻を見れば明らかなのだ。その破綻には目を向けさせず、進歩だけを印象づける、という方向性がある種の勢力によって取られている。古いものはそれだけで批判の対象にされている。多分、これは戦略としてやられている。大元にいるのはフランクフルト学派。そしてそれが何らかの国際的な結びつきを持っている。それが具体的になんなのかはわからないが。


続く
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