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古式レンズシリーズ(12)・・・伊豆修善寺周辺、ついでに北条家の果たした役割について

出でいなば主なき宿と成りぬとも 軒端の梅よ春をわするな(伝実朝)

源氏三代は短期間で亡くなった(殺された)わけだが、残った鎌倉や修善寺は賑わっている。今回は修善寺を一日かけて回ったが、なかなか面白かった。自然も良かったし、遺物、寺社、詩碑・句碑など多くて飽きない街だった。特に歩き回るのには手頃な広さ。以前何度か西伊豆にある、伊豆の長八美術館や記念舘に行ったが(→ HP、吉祥寺であった長八展 → ブログ)ここは通り過ぎただけだった。

レンズは、ツァイス系で揃えた。

コンタックスGシリーズ、Biogon T*28mmF2.8
カールツァイスJena Pancolor 50mmF1.8 (NEX-5Nに装着したので、75mm相当)
カールツァイスJena MC135mmf3.5 (同上で、200mm相当)

Gシリーズは90年代のものなので、古くはないが。下2つは60年代から70年代にかけて作られたらしい。コンタックスGシリーズは趣味的で惹かれるものはあったが、ボディには手を出さなかった。レンズが3本付いて10万円だか20万のがあって、ウーっと惹かれたけど我慢した。金色で眺めるのに良さそうだったが(笑)。NEXー5Nも古くなったが、ボディーは小さいし、なんでも装着できるから使ってる。特にファインダーが優れもの。製造中止になってもまだこれだけは高値で売ってる。

もみじ林
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久しぶりに富士山を見た。今年は雨や曇りばかりだったし。
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漱石の詩碑。近くで見ても全然碑文は見えなかったが。
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仰臥人如唖 黙然看大空 大空雲不動 終日杳相同
仰臥して人唖の如く、黙然として大空を看る。大空は雲動かず、終日杳として相同じ。
病気を患ってた時のものらしい。

葭原観音堂
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竹林の小径
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日枝神社
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修善寺
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帰りの車窓から
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実朝とか頼家、北条政子ゆかりの場所にも色々行ったんだが、どれがどれか分からない(笑)。とにかくポイントが多くて。


☆ 北条家の果たした役割について

北条家支配はネガティブなイメージを持たれる傾向にあると思うが、かなり良好な統治をした政体だったのではないか。徳川幕府に次ぐだろう。まあ、陰謀によって源氏嫡流を倒した面があるから、よくは思われてないだろうけど、しかし、源氏ってのは権力を握る以前から身内同士で殺しあってたし、従っていた武士団も東国のヤクザ集団みたいなものだから、お互い抗争し合うのも習性だろう。そのなかで北条家だけは結束してたし、統治も安定してた。支配は元寇の後始末の混乱で終わったが、最後幹部層が30数名も一斉に自決という形で終わっていて、潔い。

特に功績として大きなのは、御成敗式目を制定して法治を行った事、そして元寇を防いだ事。日本は彼らによって守られ、また今あるものになった、といって過言ではないと思うのだが。特に元寇は大きい。これで失敗してたら、今の日本も日本人もないだろう。日馬富士みたいなのが(略

あと法治の問題。封建体制は契約によって成り立っている。法律あるいは協定、約束事がないと成立しない。それをお互いが守らないといけない。「御恩と奉公」のように。双方に義務が課せられてる。客観的な契約に従っている。そういう基盤があったから、民主体制に移行できている。これが出来たのは、日本と西欧だけだった。中国なんか今も人治だろう。常に権力者側の主観で統治された。客観性・公平性がまるでない。汚職の摘発なんてのが、政敵を倒す手段になっている。サウジで今起きてる事もそうだろう。

日本では早い時期から法治が行われた。特に御成敗式目は裁判の仕方にいたるまで、非常に細かく成文化している。罪刑法定主義は日本でははるか昔からやっていた。

例えば、現代語訳されている、こちらから引用すると、→ サイト

>第10条:「殺害や刃傷(にんじょう)などの罪科のこと」
 言い争いや酔った勢いでの喧嘩(けんか)であっても相手を殺してしまったら殺人罪であり、犯罪者は死刑か流罪とし財産を没収する。ただし、罪を犯した当人以外の父子が無関係であるならば、その者たちは無罪であり、これは傷害罪(しょうがいざい)についても同様である。
 ただし、子や孫、あるいは先祖の仇(かたき)と称(しょう)して人を殺害した場合は、犯人の父や祖父がたとえそのことを知らなくても同罪とする。結果として父祖の憤りをなだめるために宿意(しゅくい)を遂げることになるからである。
 なお、子が地位や財産を奪うために殺人を犯した場合は、父が無関係の場合は無罪とする。

>第11条:「夫の罪によって妻の財産が没収されるかどうかの判断について」
 謀反・殺害ならびに山賊、海賊、夜討ち、強盗などの重罪の場合は夫の罪であっても妻の領地は没収される。しかし、夫が口論によって偶然(ぐうぜん)に相手を傷つけたり、殺害してしまったような場合は妻の領地は没収されない。

>第12条:「悪口(あっこう)の罪について」
 争いの元である悪口はこれを禁止する。重大な悪口は流罪とし、軽い場合でも牢に入れる。また、裁判中に相手の悪口をいった者は直ちにその者の負けとする。また、裁判の理由が無いのに訴えた場合はその者の領地を没収し領地がない場合は流罪とする。


感覚的には現代と変わらないのではないか? 中国では、誰かが罪を犯すと、三族誅殺とかいって親類にまで刑を課していたのだが。多分、北朝鮮では今もやってる(笑)。封建制を口を極めて罵るサヨク連中が賞賛したのがこういった国なんだから、頭がイカれてるよ。

この御成敗式目を現代に復活させた方がいいと思うのだが(笑)。今の刑法よりマシな気がする。どうも今の欧米発の法制度は気にいらない。責任能力が有るとか無いとかどうでもいい。現象としては同じだ。精神構造にまで立ち入って裁けると考える方に無理がある。殺人犯は原則死刑にすべきだろう。最近の欧米発の思潮を絶対視する風潮はどうにかならないのか。あれはキリスト教を元にしたローカルな考えに過ぎない。普遍的なものではない。彼らがそう信じるのはいいが、他国で盲信するのはおかしい。


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