FC2ブログ

アメリカのポリコレ狂いはどこまでいくのか

この前、南軍のリー将軍の像を撤去するしないで人が死んだんだが、こんどはなんとコロンブスも問題視され始めたらしい。それってアメリカの自己否定に繋がるのではないのかな? → 魚拓

>さらに最近は、先住民の土地を奪い虐殺したなどとして、歴史的評価が分かれるコロンブスにも矛先が向かっています。メリーランド州のコロンブスの記念碑が何者かによってハンマーで破壊される様子の動画が公開されたほか、テキサス州ではコロンブス像に赤い塗料がかけられる事件が起きています。
> そんな中、ニューヨークでは、市の当局者が記者会見で、コロンブス像を撤去すべきかどうかを検討する必要があるとの考えを示したのです。
>「彼は残虐なのに通りや広場に名前がある。撤去すべき」(広場を訪れた人)


コロンビア大学とか、コロンビア特別区とかどうするんだ(笑)。
まあ、確かにコロンブスは残虐な事をやったらしい。今のハイチやドミニカ共和国のあるエスパニョーラ島は、現地人が皆殺しにされたはず。コロンブス自身が全部やったかはしらないが。
しかし、コロンブスだけではなくて今のアメリカ人の祖先はみんな多少なりともやってるはずだが。西部開拓自体、その要素なくしではあり得ない。あれは全くの侵略なんだから。昔の西部劇では、騎兵隊が来てインディアンを撃ち殺すのがクライマックスで客はそれを見て満足して帰ったはずだ。インディアンは害虫のような扱いだった。彼らにも家族があり、水や食料を手に入れるための労働があり(農耕をやってたし)、子供や病人の世話をしていたのだ。襲撃專門の野盗集団ではない。むしろどちらかと言えば白人がそれだった。60年代まではそんな映画が普通に作られていた。そんなに昔の話ではない。

ま、賛美するのは別として、否定してもしょうがない。そもそも自分らがそこに住んでる最初のキッカケになった人だし。それにそんな事を言ったら、歴史上の偉人なんか大概そういった事をしているんだが。アレキサンダーからシーザー、ナポレオン、ヒト(略
更に言えば、生物ってものは生存競争の結果、現在存在している。現生人類だっって進化の過程でどれだけ他の種や霊長類を絶滅させたか分からない。最終的な勝者が人間なのだが。今のアメリカ人もインディアンを抹殺してその豊かな大地を自分のものにして繁栄しているのだが。

大体、シンボルを廃棄すればそれで免罪されるかのような主張がおかしい。日本でも最近ではあまり聞かないが、ちょっと前までは日教組辺りのサヨク教師が国旗国歌反対の運動をやっていた。日本は「アジア諸国」を侵略してそのシンボルとして使われたのが国旗国家だから、使うのはおかしいとかって話しだが、別に国旗国歌が歩いていって人を殺したわけではない。殺したのは日本人、君らの祖先なんだがね。否定するなら自分を否定すればいいだろう。自殺するなり、外国にいって日本的な属性を全部捨てればいい。国からの恩給も返上しろ。そんな真摯な反省は一切しないでおいて、自分の腹は全く痛まない国旗国歌を否定して、ウチらは進歩派でござい、良識派でございと自慢して何の意味があるのか。ママゴト遊びといったらママゴトに失礼なレベルだ。反省してる振りをするには、一番手頃なのは分かるが(笑)。誠実そうな言い方をして一番楽な事をしている。善人、正義派のポーズを取ってるだけではないか。しかも他の日本人を、反省が足りないとかいって糾弾できる立場が取れるのだ。一粒で二度美味しいって奴。

ま、それは別として、最近のポリコレ狂いは過激さを増してきている。ポリティカル・コレクトネスを自分に対して適用する分には特に問題はないのだが、こういうのは主に他人に対する武器として使われる。どの民族にも同じように対しようとか、差別語は使うまいとか、マイノリティには気を配ろうとか、自分の行動規範にする分にはいいだろう。しかし、実際には人のあら捜しをして政敵などを攻撃するめに使われている。トランプなんてまさにその標的だ。リー将軍の像の問題についても、いわゆる白人至上主義者に対して反対派が集まって、火炎を放射するような武器を向けていた。大体この手のリベラル側の主張は全て、他人や社会に対して自分らの理念を押し付ける、という形で現れる。自分個人の行動規範として使えばいいのだが、それはしない。必ず他人への強制が伴う。多文化共生、ジェンダーフリー、差別反対、LGBTその他全部その形を取る。そういった基準から外れていると思われる事案に対しては、攻撃が行われる。基準に外れているかどうかを判断するのは勿論彼らである。

元々はフランクフルト学派から出たものらしく、その学派は共産主義を元にしているから、共産主義者の行動とよく似ている。彼らの理念は絶対に正しく、それからの逸脱は許されない。逸脱してるかどうかは、彼らが決める。共産国家では勿論書記長だとかが決める。それから外れたものに救済はない。元が一神教だしね。最終的にはある一人の主観による支配になるのが共産主義。科学的史観もクソもない。ソ連も中国も北朝鮮もカンボジアもそうなった。実は政権をとってない日本の共産党もそうなっている。リンチで殺したりして。これは多分必然である。なぜなら、彼らも「生物」だから。自分の都合の良い方に捻じ曲げる。決して「天使」ではないのだ。

で、これが過激になっていくとどうなるのか。最後は誰も残らない(笑)。なぜなら生物は理念にしたがって生きることはできないから。生物はDNAを元にして行動しているが、それはどのような理念にも基づいていない。単に生存競争に有効だったからそうなっただけ。過去何十億年の経験から決まった。書物一冊程度で表せるような単純なものではない。変化する環境や競争相手に応じて改変されてきたものだ。必ず理念とはぶつかる。理念は単純過ぎるのだ、複雑な現実を覆い尽くす事はできない。

で、その良い例が今のアメリカ。ポリコレをやりすぎて、ついには自分らの否定にまで行こうとしている。理念が生存を危機においやっている。欧州は既にそうなっているが(笑)。フランスでは何度もテロが起きてて一体どのくらいになるのか多分忘れられてる(笑)。私もよく覚えてないが、2015年11月パリで130人が死亡、2016年7月ニースで84人死亡とか。226事件でも死亡者は9人だし(裁判後の処刑は20人ほど)、岡本公三などのテルアビブ特攻でも26人。まあ911には及ばないとしても相当な規模なのだが。移民難民の受け入れ、多文化共生、そんな夢理論を実行した結果、テロを好きにされている。日本にも九条護持のためなら死んでもいいというキ○○○がいるらしい。連中だけが勝手に死ぬのはいいのだが、こんな政策を国がとったらまともな国民も死んでしまう。こいつらの理念信仰のために関係ない人間も被害を受けるのだ。トランプや、欧州でのルペンなどの反応は生物として当然の反応である。これが正しい。

込み入った話しではあるが、まとめると、

1.そもそも生物の進化、存続には競争、差別は不可欠であった。それは人種においても同様であった。
2.そしてその結果としての果実を受けているのが現在の人類なのだが、リベラリストはそれを悪であるとして否定している。
3.そしてその辻褄合わせのために、銅像を破壊したり、国旗国歌を否定したりしているが、その事に実際的な意味などない。
4.そういった表面的な理解しかしていないリベラリストが各地で猛威を奮っているが、それに対する反動が起きている。
5.しかし、メディアは建前論を支持して、一般社会の側の不満を無視している。
6.その結果、リベラリスト側と保守、右翼、極右と言われる側の亀裂は深まってる。深めてるのはリベラスト側のように見える。

などになるのか。


☆捻じれるレイシズム批判

文化を巡ってはおかしな事件がよく起こる。
最近の某ネット記事によると、子どもたちが和服を来てお茶会のようなことをやっている写真をファイスブックに投稿したら炎上したらしい。→ サイト
こんな写真とか
DGp8lRJU0AEJ5Rb.jpg

ま、化粧はなんとかしてとは思うが(笑)、これがcultural appropriation(文化の盗用)だとかは全く思えないのだが、なんで一々噛み付くんだろう。日本文化を楽しんでるように見える。千代紙とかミニチュアの和傘のようなものも用意して真剣な表情でやっていて、異文化をレスペクトし、どんなものなのかを体感するためにやっているように見える。白人による、非白人の文化盗用とか、見てて全く思えない。アメリカの事情は知らないが、白人が少しでも非白人に絡んだ事をやると批判される状況なのか。やってる側はそんな事は意識してないようだし、そういった空気もないだろうと思うが。

以前も人気モデルがVOGUEで芸者スタイルの写真を出したら批判された → サイト
伊勢で撮ってるらしく、面白い写真だと思うけどね。

ボストン美術館が着物の試着イベントをやったのも批判されて中止に → サイト
プラカードもって立ってたりしてイミフな連中だな。一体何に抗議してるんだか。

この手の問題を騒ぐ人の心理ってのはよくわからないが、思うに、非白人はハナから差別されてると思い込んでるから、いくらかでも非白人の文化に白人が触れば、それは盗用だだ差別だと思うのかしらん。日本人だってそれは差別の対象かもしれないが、文化自体が嘲笑の対象になってない限り、別に白人が使おうが問題ないと思うのだが。文化ってものはそもそも流通性のあるもので、世界の他の地域に広がる。寿司、ラーメンが広がるのは、この手の連中にとってどうなんだろう。

ま、騒いでるのは日本人じゃなくて他のアジアンぽいが、嫉妬も混じってるのではないかと思ってしまう。中国韓国あたりの文化をこんな形で白人が扱う事はあまり聞いたことないし。キムチの講習会とかはやってもいいのかな(笑)。こんな事に抗議する暇があれば、インチキ寿司をなんとかしろと言いたいが。折り紙なんかの日本文化を自国起源だとかいうのこそ、文化の盗用、窃盗だろう。

これも要するに、「彼らが基準を決める」の一例であることは明らかだ。直接の当事者である日本人がポカンとするような批判を他の民族が行っている。ポリコレは現実にこのように恣意的に使われる、といういい見本だ。ポリコレの名の下に、ある種の人たちの主観が幅を利かす事になる。これは共産国で、トップがライバル視する相手をスパイだ売国奴だといって追い落とすのと原理的には変わらない。理念なんてものは、現実に行使される時は、特定の主観の武器として使われる。


☆ 黒人差別をなくす会  → wiikipedia

これと類似の行動を行った団体が日本にもある。堺市の一家3人で作られた「黒人差別をなくす会」である。黒人への差別表現をしていると思われるものを摘発して抗議し、販売中止や回収に追い込んだ。対象となったのは、絵本「ちびくろサンボ」、カルピスのシンボルマーク、だっこちゃんマーク、マンガ「ジャングル大帝」の一部など多数。

で、黒人差別解消に何か寄与したのだろうか。多分効果はゼロだったろうと思う。そもそも、これは差別表現なのか。黒人への蔑視や偏見を煽るものだったのか。確かにデフォルメされていたが、それがイコール差別を煽る表現とはならない。むしろ愛嬌のある表現であって、商品として売るものである以上、嫌悪感を催すものであるわけがない。全部がそうだとは言えないとしても。これも勿論「彼らが決めた基準」によるものだ。おそらくだが、黒人の意向はほとんど入ってないはず。

そもそも、この人達が考えてる差別と実際の差別は全く違うと思う。差別というのは社会的、制度的なものであって、表現に関しては、差別とは言えない。差別に繋がる、とか、差別心を煽る、という言い方はされるが、相当に主観的なものだ。日本ではその表現そのものが差別であるかのような言い方がよくされるが、それは違うと思う。実際の差別というのはこういうもの。このブログで三回目の引用になるが、あまりにも日本の状況と違うからやむを得ない。
9C15077E-C394-41FC-B44E-7501D41AAB02.jpg
57年、ノースカロライナのシャーロットにある、ハリーハーディングという白人の高校に編入を認められた黒人少女Dorothy Countsを取り囲み罵倒する群衆。登校に反対するために、住人が1千人も集まった。当時の知事は人気取りの為に、州兵を派遣して入学を阻止しようとし、アイゼンハワー大統領は連邦軍を派遣して少女を護衛させた。しかし、4日通っただけで、同級生にはゴミを投げつけられ、唾を吐かれ、教師には無視されて退学、他校に移った。

こういうのが差別なのだ。このあとマーチンルーサーキング氏などが公民権運動を起こし、60年代になってやっと黒人への公平な制度が作られた。しかし、今でも警官に平気で射殺されてるのは、よく聞く話だ。日本iはこういった差別はない。在日朝鮮人や部落民が差別されてるとよく言われるが、学校への入学拒絶なんて話は聞いたこともない。

差別がないから、あら捜しをして何かあるはずだ、という形で無限に追及が行われる。妥当なところで収まらない。かつて聞いた話しだが、子供の権利条約というのが国連で審議された時、日本の高校生が出ていって、日本の子供が強制的に制服を着せられてるのを訴えたら、制服が着れるだけでもいいじゃないですか、と皮肉られたという話があった。どうもこれははっきりしない事で、ネット上のデマだなんて言う向きもあるようだが、そう皮肉られてもおかしくない。はっきりしないからといって、こういうサヨクの行動がおかしいのは変わらない。子供を取り巻く状況が実際そうなのだから。そもそも、子供が強制労働させられたり、強制売春、人身売買などされてる状況を背景にして作られたのがこの条約であって(付属の議定書にある)、親から切り離されない権利とか、氏名を有する権利とかといったレベルの話に制服の問題を持ち込むとかどうかしている。日本のあら捜しをどうしてもしたい集団がいるようだ。

で、黒人差別の話に戻ると、日本でこんな活動をやることに何の意味があるのか。日本には黒人差別は無い(笑)。ありようがない。外国人としての権利の制限はあるが、黒人対象のものなどあるわけがない。蔑視や差別的な待遇はあるかもしれないが、それは主観に属するものであって、一般的に言っても世界的に見ても無い方だろう。50年代、60年代に日本に来た黒人ジャズミュージシャンが、差別されない事に驚いてる逸話などがある。ある黒人がホテルでチェックインの手続きをしようとしたらあとから来た白人女性が前に割り込んだ。しかしホテルのマネージャーは黙って白人女性を無視して黒人に対応したとか。アート・ブレーキーは日本人女性と結婚したし。

この活動は何か社会的な公正や平等を実現しようとしているのではない。ただの「攻撃」である。差別とか社会正義などとは無縁の攻撃。何か関係ありそうな事を引っ張り出してきて差別だといいはるのだ。言われた側は差別心は無かったとしても、特徴を強調してるから、反論もしにくい。しかし、こういったデフォルメというのは日本文化の特徴でもあるのだ。古くは縄文時代の土偶から、浮世絵の役者絵とか力士絵とか。見てる方だって、差別心などあるわけがない。しかし、基準はどうとでもなる。彼らが決めた基準で攻撃は行われる。




続く
スポンサーサイト

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

Re: 一方で・・・

どうもこんばんは。
まああの十字架磔は、前から心配してはいましたが(笑)、youtube上のコメントでは特に問題はないようでした。ただ、ファンですからね。一般人についてはどう反応するのかは確かにわかりませんね。ま、狐の面ぐらいなら、異教徒ということで許されるのではないでしょうか。ムスリムも存在できてますし。
ミュージシャンレベルでは認められてますし、メタル系ではキリスト教への冒涜みたいなのはよくやっているではないですかね。よくは知りませんが。
まあ、忘却に追いやれることはないと思いますよ。一応実績は出してますからね。
今、日本国内であちこちやってるようですが、国内だと途端に動画が減るんで、却って残念です(笑)。
また何かありましたら書いて下さい。

一方で・・・

ご指摘、ごもっともだと思います。

一方、こういった勘違いな不寛容さが蔓延するアメリカ社会に、我らがBABYMETALは挑戦しているわけですが、この点からすごいたくさんの懸念と心配がありますよね。
例えば、十字架磔のバフォーマンスやら女神像破壊・・・この映像が広く知れたら、もう、この時点でアウトじゃないですか?
メタ太郎の振り付けも危ういです。・・・まぁ、本場ドイツのライブでは何も問題は起きなかったけど、ファン以外の一般に見られたらどう思われるか分かりません。
レッチリ帯同ツアーで、米南部での公演ではメギツネのお面に異教徒を感じ、拒否反応示して席を外した観客もいたそうです。
これらの趣向はBABYMETALのショーとしての楽しいパフォーマンスの一環に過ぎませんが、おそらく、彼女らが今まで以上のメジャーシーンに上がったところで、たちまち火がつく問題に発展しそうです。だって着物着ただけで大騒ぎなんですから・・・。
・・・そして、まぁ、アメリカ進出諦めたとしても、無垢な三人はこのような抗議にかなり傷つくはずですし、国内の業界アンチに格好のネタを提供してしまうことになるでしょう。
BABYMETALはその時点で終了。その業績も日本芸能史から永遠に封印されるでしょうね。
ファンとして取り越し苦労ならいいのですが・・・・。
プロフィール

kifuru

Author:kifuru
FC2ブログへようこそ!
元のHPは"kifuruの長文系ページ"、http://kiyo-furu.com (政治詩文関係)と ”kifuruの写真音楽系ページ http://www.kiyo-furu.sakura.ne.jp/(写真音楽関係)に移転しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR