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フルトヴェングラー・バイロイトの第9 バイエルン放送録音

フルトヴェングラーのベートーベン第9ーバイロイト51年 バイエルン放送録音のものなど

1.ベルリンフィル盤とバイロイト盤について

バイロイト盤は、昔から至上クラスの名盤と言われてきた演奏である。バイbefore
が、私は聞いても何も感じるものがなく、どこが良いんだろう?とずっと不思議に思ってきた。何か自分の感性に欠陥でもあるのかと思ってた(まあ、あるのは間違いないとは思うが(笑))。

私にとってフルベンの第9と言えば、前にも書いたが、なんと言ってもベルリンフィルとの42年の演奏である。最初聞いたのは、昔出ていたFontanaシリーズの900円の廉価版で、あまりの音の酷さに数年間聞かずに放っておいたのだが、ある時思い直して聞いたフルベル所、突然素晴らしさに気付いたのだ。悪い音の向こうに演奏者達の気迫が見えた。音は凄まじかったが、逆に言えば生々しく、その後に買った2枚組のEMI盤などは、むしろ今ひとつ物足りない印象を受けたほどである。今から考えれば廉価版という事で音の補正などをしていなかったのかもしれない。しかし、バイロイト盤にはそういう出会いというものは生じなかった。
(左は最近出た、レーザー光でLP盤を読み取ったCD)

その後、バイロイト盤についてネットで色んな人の意見を見ると、やはり絶賛してる人がいる一方で、この演奏を遅緩しているなどと酷評してる人もいて、自分の感覚もそんなに変ではなかったのかな、と思ったりした(笑)。フルトヴェングラーやワーグナーに非常に詳しい、岡山の畏友のN氏とも、ベルリンフィル盤は素晴らしいと、最初に話した時から一致していた。


2,その比較と時代背景など

しかし、あれだけ絶賛されるのだから、何か良い所があるのだろう、それを理解したいものだと、最近この二つを比較しながら何度か聞き直してみた。なるべく公平に冷静に聞くようにして。で、その結果、分かったというか、感じたものがあった。

ベルリンフィル盤が、意志的、前進的、表現的、立体的であるのに対して、バイロイト盤は、瞑想的、静止的、内面的、平面的である。ベルリンフィル盤が彫刻であるならば、バイロイト盤は絵画、ベルリンフィル盤が登山であるならば、バイロイト盤は草原の散策。

とりわけ、その違いが出ているのが第3楽章。バイロイト盤は、まるでいつまでも覚めない夢の中で歌い続けてるような趣がある。歌に浸っているのだ。しかし、ベルリンフィル盤はどこか先を急いでいる。感傷ににふける余裕などないと言ってるかのように進んでいく。バイロイト盤に比較して、十分に歌わせてるとは言えない。この面だけを見れば、バイロイト盤が優れていると言ってもいいのかもしれない。何か足が地についていないような虚ろさがあるとは言え。同じような事は、第1楽章の開始部分や展開部の始めなどの、深い所から湧いてくるようなバイロイト盤の表現にも感じる。自然に起きてくるなんらかの感情に身を任せているのだ。

一方、ベルリンフィル盤は、演奏をコントロール下において、意思の力で切り開いていく。別にナチスの意思の力の強調に合わせて言っているのではなく、実際コントロールされた演奏であるだろうと思う(第4楽章の最後は別として)。例えば、第4楽章冒頭部にある低弦によるレシタティーボ風テーマ。ベルリンフィル盤は、まるでロダンの彫刻のように彫りが深く力強い。造形への意欲に満ちている。嵐のような開始の後、低弦が一糸乱さず、筆太の書のようにテーマをくっきり描いていくさまは素晴らしい。だがバイロイト盤は平面的で浅く流れて行く。全体的にバイロイト盤は何か散漫で意思の薄弱な印象を与える。私はそれに反応して、あまり面白くないなあ、と感じていたという事なのかもしれない。

これが、時代に影響されたフルトヴェングラーの心境の変化によるものなのか、解釈の変更か、あるいは単にその日その時の情緒によるものかは、只のアマチュアの自分には分からない。またそういうものでは全くなく、オーケストラの力量の問題なのかもしれない。

時代と年齢を考えれば、ベルリンフィル盤は戦争のまっただ中、56歳時、バイロイト盤は、戦後バイロイトが再開された最初の年の演奏、65歳。もはや老年の域である。そしてその間には、当然あのドイツ全土が戦場と化して敗北し、そして分割された終戦が挟まってる。それがフルトヴェングラーの心境に影響を与えていないはずはないだろう。

フルトヴェングラーについてはよく、30年代が良いと言われる。録音では状況が良くないので、我々日本のファンには分からない面があるが、実演ではその時期が最も良かったらしい。想像だが、おそらくベルリンフィル盤の演奏の延長上にあるのではないだろうか。バイロイト盤には、やはり気力体力の衰えが見られているのではないか、という気もする。

ベルリンフィル盤が録音された42年3月と言えば、ドイツは西部戦線では圧勝したものの、イギリス攻略は失敗し、東部戦線ではロシア攻撃が一旦頓挫し、冬将軍の為に戦線が膠着していて、まだ敗勢には到っていない微妙な時期である。太平洋戦線では、日本の連合艦隊が太平洋、インド洋を席巻していて、世界的に見て、連合国側と枢軸側の何れが勝つか見えていない時期である。逆に言えば、まだ望みは十分にあって、その後の惨めな敗戦などは全く思いも依らない時期とも言える。

その後東部戦線では犠牲者2千万人とも言われる悲惨な戦いが続き、敗戦後のドイツ系移民の東欧からの帰還に際しては、一般人300万人が虐殺されたという。フルトヴェングラー自身もナチス協力の嫌疑をかけられ一時的に演奏できなくなる。そしてバイロイトが再開される。フルトヴェングラーが感傷に浸り瞑想に耽ってもおかしくはない。時代背景をあまり重視しすぎるのも問題はあるだろうが。


3.しかし、とはいえ、

それにしても散漫な、よく把握出来ない演奏であるというのは、私のスタンスとしてはどうしても棄てるわけにはいかないのだ。時代背景のせいにせよ、年齢のせいにせよ、あるいはオケのせいにせよ。受けた印象に誠実であること、これがクラッシック音楽にしろ詩歌にしろ政治にしろ珈琲にしろ(笑)、自分が守る最低限の準則である。たとえそれが無知や低知能や異常な感性のもたらすものであったとしても(笑)。与えられた条件の中で判断するしかないのだ。

とりわけ第1楽章の全体と第4楽章にそれを感じる。第1楽章は何か面白くない。間延びしていて緊張感がない。テンポがだれている。細かな所まで指揮者の意思が伝わっていない印象がある。寄せ集めの団員による演奏だからかもしれないが。また演奏者達が余り感動していないのではないか、という感じもする。盛り上がりに欠けるのだ。ベルリンフィル盤は完全なコントロール下にありながら、再現部以降炎が燃えさかってる印象である。それは第二楽章も続く。ここもアクセントの効いた良い演奏だと思う。

第4楽章もそう。ティンパニの強打に鼓舞されたベルリンフィル盤の勇躍、突進する演奏は凄まじい。最後の辺りなど、オケの団員達が興奮しすぎて、もはや指揮者の手綱を振りほどいて駆けて行っている。最後が合ったのは偶然ではないだろうか(笑)。ほとんど奇跡的な印象。コンサートマスターはきっとほっとしたに違いない。バイロイト盤にはそんな感興はなく、割と普通に終わる(学生時代私も合唱で参加したことがあるが、第9ではあれぐらいが普通だと思う)。個人的にはバスの歌唱が引っ掛かる。何か重い、意図が不明瞭な歌い方だ。合唱全体も眠たい雰囲気があって、フーガの部分もキレがない。ベルリンフィル盤のソロ、フルーバイimages合唱には何の不満もない。合唱の特定パートから始まる各部分共、高貴で輝かしい。ドイツ人が自分たちを信じられた時代の最も良い面が出ていると思う。

そういう時、上記N氏から、実はバイロイト盤には音源が2種類ある、との話を聞いた。バイロイトでの演奏に際しては、ゲネプロと本番と2回演奏され、共に録音されており、従来発売されていたEMI盤は、この2種類をミックスしたものだったらしい。各種リマスター盤がでていたが、全て音源自体は同じものだったという。そして5年ほど前に、バイエルン放送で録音していた音源から、ミックスされていない、オリジナルの演奏が発売された。こんな事はファンには常識だったのだろうが、私は最近知った。この数年の民主党の酷すぎる政治に目を取られて、こちら方面には疎くなっていた(笑)。で、そのORFEO盤を実際に購入して聞いてみた。


4.ORFEO盤を聞いてみた

期待しつつ聞いたのだが、・・・・
やっぱり面白くなくて、第1楽章で一旦ストップ。

実は私は、旧バイロイト盤に感動出来ないのは、それが編集されてるからではないか、と上記の話を聞いた時に思ったのだった。ほとんど確信した。私はある種の有名指揮者達には拒否反応が起きるのだが、多分それはそういった指揮者が編集を最大限に活用してるからだろう、と思っていた。何か音楽の進行に引っ掛かるものを感じるのだろうと。だから、編集されていない新しい方のバイロイト盤なら大丈夫だろうと期待していたのだった。これは実際に他のジャンルでもそう思わせる事例があったから、新盤でもダメだったというのは、ほんとにショックであった。

ルツェルン53716019 やはり自分の耳や感性がおかしいのではないかと不安になりつつ(笑)、長い間聞かないでいた54年のルツェルン盤を引っ張り出して久しぶりに聞いてみた。これは良かった。即興性に溢れた伸びやかな演奏。音も悪くないし、第1楽章のテーマには反してるかもしれないが、音楽する事の歓びが伝わってくる。奏者たちも自由に心おきなく演奏していると思う。途中を飛ばして第4楽章。音に残響があまり感じられないのが気になるが。ソロ合唱ともに素晴らしい。ソロパートだけならベストと言っていいのでは。ヘフリガーの爽やかな声には感動。前進的だが、ベルリンフィル盤の緊張感に満ちた演奏とも違う、伸び伸びとした演奏。ただ、リズムの打ち方などが単純な感じで、もしかして、フルトヴェングラーはあまり介入しないで、オケのしたいように演奏させたのでは、という気もする。Deine Zauber の繰り返しが出た辺りからは、聞いててほんとに楽しくなる。こういう合唱に参加させて貰えたら、あるいは客席で聞いてもいいが、楽しい思い出になるだろう。

フルウイーンb0056240_15313344 ついでに、ウイーンフィルとの53年の演奏も聴いてみた(かなり前に出ていた演奏)。1楽章と4楽章。
これは素直に感動。ドイツ的というのか、派手な表現はなく内に沈んでいく。しかし、フルトヴェングラーは言いたい事は十分に伝えていると思う。音はウイーンフィルらしく柔らかく息が長い。ただ、ソロが今ひとつの印象。特に男声。合唱は素晴らしい。

でORFEO盤に戻る。

2楽章、3楽章もEMI盤と似たような感じなので、適当にはしょる。
改善されたと言われる第4楽章。
音質演奏共にかなり良い感じではある。ソロ合唱ともに明瞭に聞こえていい。

最初のバリトンソロ、nicht diese Tone の nicht の前に、旧盤では、んんという鼻音が入ってるが、これにはない。多分違う演奏だろう。上に書いたようなバスの不明瞭な重さはなく、ソロの絡みも良好。ま、私は演奏の細かな違いについてまで言えるようなマニアじゃないので、見当違いの事をいってるのかもしれないが。ただ、この演奏なら聞ける。

しかし、これが本番の演奏なら、特に何も問題なさそうなのに、なぜレッグ氏はそのまま使わなかったのか?
夫人のシュワルツコップが何かミスでもしてたのか?(笑) 最後の4重唱が若干音程が不安定な気がしなくもないが。

一度聞いたばかりで好き勝手な事を書いたが、どうも今もってこのバイロイトの演奏が良く分からない。オケの側に何か共感のようなものが欠けてるのを感じる。それは上記3つの演奏全てに当たり前のようにあったものなのだが。



(追記2017/8/08)
実は最近上記N氏から直接聞いたことなのだが、なんとorfeo版も、ミックスされたものだったらしい。ストレートなライブ演奏ではなかったとか。従来版と新版とで、二種のバージョンが作られたらしい。何か元の録音(それも本番の方)に何か録音上の問題でもあったのか。どう考えればいいのか分からないが。ちなみにN氏はバイロイトに何度も行っていて、このorfeo版の情報を日本にもたらした人。



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使用した音源は、
旧版のバイロイト盤、EMI CC35 3165
新版のバイロイト盤は、Orfeo C754081B
ベルリンフィル盤は ALTUS ALT244
ルツェルン盤は THARA Furt 1003
ウイーンフィル盤は、NUOVO ERA 013.6301
(5/20更新)


ベルリンフィル盤の新盤
 
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