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樋口中将のユダヤ人救出、肥沼医師のドイツでの治療活動、工藤艦長

戦前戦中の日本人、とりわけ軍人の行為は、悪い、愚かしいという前提で語られることが多く、普通に見て立派な行為だろうと思われる事でも、歪められたり無視されたりしている。駆逐艦「雷」の艦長工藤中佐によるイギリス水兵救出などもそうだろう。戦後、GHQ史観をそのままサヨク集団が受け継いで日本人を洗脳していった。これは全てを否定してかからないといけない。あのインパール作戦でさえ、公平に評価をしなおすべきだろう。歪んだ評価しか受けていないと思う。また一方で、連合軍の残虐行為は全て無視、あるいはなかったことにされているが、これもおかしい。この件に関してはリンドバーグが記録を残している。→ そのページ。

満州でユダヤ人数千人を救った樋口中将と、戦後の混乱したドイツの田舎町でチフス患者の治療に専念して倒れた肥沼医師の動画をたまたま続けてみたので、まとめた。


樋口中将についてはあまり知らなかった。終戦時は北海道の守備軍司令官だったとか。そしてあのソ連軍の侵攻を阻止したらしい。当時は陸軍の中枢は機能しておらず、独断での行動だったとか。日本が分割されずに済んだのはとてつもなく大きな事だ。これは米軍の好意、あるいは戦略という面もあるとは思うが、この人の行動がなかったら、今の北方領土と同様、既得権としてソ連のものになっていただろう。また高位の将軍であったにも拘らず、戦犯の追求を受けなかったのは、アメリカのユダヤ人団体の意向があったからだとか。

ビデオ差し替え

肥沼医師については全く知らなかった。戦時中ドイツに留学していて、放射線治療の研究をしていた。そして、東欧方面からのドイツ人帰還者の治療にあたったらしい。特にチフス患者が多く、身を呈して治療にあたったとか。費用は受け取らなかったらしい。そして最後は自らチフスに罹患して亡くなった。世の中には立派な人がいるものだ。こんな人達に比べれば、戦後のサヨク、「進歩派」などの連中は唾棄すべき存在だろう。

工藤艦長についての映像もあった。戦場で艦艇を止めて救助するのは極めて危険な行為であるだろう。

己を語らず。それはいい言葉ではあるのだが、戦後、サヨク集団の逆宣伝の踏み台となった。外国やサヨク集団に対しては、過去の日本の倫理は通用しない。このように表面化しなかった例は他にもあるのだろう。

(2017/9/9追記)
この時のスラバヤ沖海戦で撃沈され後に福岡で戦後まで過ごした兵士の遺族が、親しかった少年を探しに来たというニュースが西日本新聞に出ていた。工藤中佐が救った兵士かもしれない。→ 魚拓
(追記終わり)

※1 戦前に東欧に移住していたドイツ系住民が、戦後その地を終われドイツに帰還するのだが、その過程で300万人が殺されたという。もちろん、これは推定であって、確かな数値など求め様もないが、まあ、それに近い事態はあったのだろう。

※2 私は戦記物を子供の頃からよく読んできたが、それらの本はほとんど全てが、日本の戦争は間違っていた、愚かしかった、悪かった、という前提で書かれていたと思う。いかに日本の戦争指導が酷かったか、愚劣だったかという事を執拗に書いていた。もちろん、私も当時はそう思ってた。しかし、英米側の記録や他の戦争ものを読んでいるうちに、それは違うのではないかと思えてきた。

例えば、戦国時代についての歴史書で、織田信長は美農や畿内を侵略し罪もない民衆を殺し、間違った戦争を行った悪の存在だ、などとかいているものはないだろう。小説などはまた別だが。どんな国や将軍についてもそれはないだろう。よほど残虐なケースでもない限り。そしてそのような公平な書き方は、おそらく第一次大戦辺りまでについては続く。ところが、第二次大戦辺りからそういう公平な書き方は消えていき、価値観の表明が表立って行く。左翼勢力の歴史観が押し出されてくる。とりわけ日本の戦争については、日清日露あたりから、日本の侵略戦争で間違っていた、アジアの人民を苦しめたものだったなどというものが出てくる。主観的な評価が歴史書の中に入ってくるのだ。それは2つの方向からだろう。1つは日本が白人の支配に対抗したこと、もう一つはサヨクの視点からである。戦前の歴史は欧米が正しく日本は間違い、戦後の歴史は共産側が正しく欧米日は間違い、というのが前提としてある。

私は、あの開戦はむしろ良かった、戦わないよりは良かったと思っている。それが正しいとか正しくないとかではない。あの時期しか戦うタイミングはなかっただろうと思う。そして、それを逸したら、さらに酷い未来が現れただろうと思ってる。人はあの結果だけを見て、開戦は間違っていたというが。

一応、そう考える理由を書いておく。
1.まずアメリカは必ず日本に戦争を仕掛けただろう、という事がある。それはアメリカの歴史に現れている。メキシコ、スペイン、ベトナム、イラク。なんらかの理由を付けて開戦している。当時イギリスは欧州で孤立していた。アメリカが参戦する以外に処理のしようなない事態だったし、事実上、補給や義勇軍でアメリカも既に参加していた。

2.アメリカは当時大艦隊を建造中だった。正規空母20隻以上。軽空母、護衛空母、数十隻。これらは昭和18年には戦場に出てくる事は分かっていた。ちなみに、B29の試験機も1938年には飛んでいた。昭和16年当時は、太平洋に関しては日本軍がやや優勢である。

3.当時、日本は石油の禁輸を受けていた。2年も放置されれば、国内からは石油は消えていただろう。

4.あまり注意されないことだが、フィリピンはアメリカの占領下にあった。いつでも南方との連絡を絶つことができた。

5.その状態でケンカをふっかけられたら、日本に勝ち目はない。一方的に破壊され占領されただろう。

6.問題はこれなのだが、その場合、アメリカは他の民族支配と同様の占領政策を取っただろう。ハワイ王朝を潰し、イラクのフセインを晒し者にした。それと同様にしただろう。日本は新大陸の民族同様の扱いをうけただろう。日本文化、民族は消滅に近い状態になっただろう。他国に分割占領を許したかもしれない。

7.戦った結果、日本を軽視できないという実感を与えた。戦後の米軍の占領政策が比較的良心的だったのは、そのせいだろうと思う。それは、オーストラリア、ニュージーランドでの、マオリ族とアボリジニとの扱いの差にも現れてるかもしれない。勇敢に戦ったマオリ族は一定の地位を取れたが、アボリジニはずっと虐殺の対象となった。

日本が開戦をしなかったら平和が続いただろうというのは幻想にすぎない。戦争を仕掛けなければ仕掛けれる事はない、などと考えるのは馬鹿げた話だ。世界史をみれば分かることだが。第2次大戦の経験だけで、戦争を語るのは間違いだ。なぜなら、それは日本に起きた特殊な事例に過ぎないから。世界史においてはそれは一般則ではない。愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ、という。これもその一種だろう。

続く

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テーマ : 戦争
ジャンル : 政治・経済

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