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未だに南京大虐殺という捏造を広める新聞社・・・神奈川新聞

未だにこんなデタラメを平然と流すメディアがいて、それを後押しする「市民団体」がある。→魚拓

これには全く証拠らしい証拠はないし、そもそも民間人を殺す意味もない。また、その後の南京市内には一般人が住んでいて普通に生活が行われていた写真などがある。兵隊が靴を磨いてもらったりしてる写真とか。市内が廃墟になったなんで話は全く無い。ドイツ人など市内に在住する白人による委員会もあったのに。市民を皆殺しをしたはずなのに、その後も市民は普通に住んでいたらしい(笑)。市民が入れ替わったなら、大混乱が起きたはず。まるでお伽話のような現実感のない話。慰安婦問題もそうだが。軍に強制連行された女性が戦後いつのまにか帰っていて(一体どうやって?)、周りの誰も気付かず(?)、問題にせず、40年ぐらい経ってから、突然騒ぎ出す。そういう過程自体がありそうにないのだが、しかし、こんな馬鹿話を信じて宣伝してきたのが国内サヨクであった。一部は嘘だとわかってただろうが、大多数はこんなものを疑いもしないで信じた低レベルの人間たちだったのだ。

アイリス・チャン(Iris Shun-Ru Chang)が"The Rape of Nanking"で出した写真などはほとんど全部が捏造だとわかってる。『南京事件証拠写真を検証する』(東中野修道、小林進、福永慎次郎)。ここから写真と説明を1つ拝借。

例えば、この写真。
nan1.jpg
『日寇暴行実録』(国民党政府刊1938年7月)よりコピーされたもの。

一見してそんな緊張状態にはないのが分かるのだが、連行中の写真だと言われてきた。しかし、この写真のもとは、「アサヒグラフ」の昭和12年11月10日号(熊崎特派員撮影)。日本国内の雑誌で、説明が全く違う。
nann2.jpg
つまり37年の11月の日本国内で出版された雑誌の写真を、翌年7月に悪意で流用したということになる。撮影者もハッキリしている。中国側ではない。日本人が日本の雑誌の為に撮影したものだ。

『南京の実相』(日新報道刊)より、同じ写真
nan3.jpg
農作業中の写真
nan2.jpg

これならもう少し分かるだろう。


一体この、「侵略軍の司令部へ連れ去られ、陵辱、輪姦、銃殺された」という説明はどこから出たのか。その説明が全くの嘘だったのは明白だ。そんな資料などあったわけがないのだから。当時は政府が機能しておらず、混乱状態にあったので、日本軍が護衛したらしい。農作業中の写真など見れば、連行とかそんな雰囲気でないのは明らかだ。普通の日本人なら、危険なのなら護衛して行きましょう、と自然に発想するだろう。そういった善意をも悪に塗り込めたのが戦後のサヨクであった。こんな連中を許してはならない。

これらの写真にはちょっとした違いがある。ちょっと見辛いが、1枚めのは黒っぽくされていて、表情が分からない。他のはかろうじて分かる。おそらく、前者のは笑顔が見えないようなトーンにしているのだろう。これはコピーのせいかもしれないが、あえてそうしたのだと思う。笑顔が見えたら不味いわけだから。一部には、左端をトリミングしたのもあったと思う。

※ この件に関しては、こちらのページではるかに明瞭な写真で説明があった。やはりアイリス・チャンの本でも上と同様の濃さになっているので、わざと表情が見えないようにしているようだ。この事だけで、この事件が捏造だという証明になる。ハナから騙そうとしているのだ。

アイリス・チャンの本のこの写真に関してのサイト筆者の結論は、
1.obscured the facial expressions of the people in order to hide their relaxed feelings;
  人々のリラックスした気持ちを隠すために表情を見えにくくしている
2.cut the portion showing a woman pulling a cart and following the other villagers willingly;
  荷車を引っ張り、他の村人のあとを自発的に付いていってる女性を示してる部分をカット(右端にいる女性)
3.changed the wording of the caption to give the photo a totally different meaning.
  この写真の説明の言葉を全く意味の異なるものに変えている


まあ、こういった論考は色んな人がやってるし、色んなサイトもあるわけで、ここで言う事もないだろう。問題なのは、こういった捏造行った国内サヨクの意図である。この手の話の元は全て国内サヨクが元になってるのだ。慰安婦から731部隊から。別に中韓を擁護する気はないが(笑)。

※ 80年代、サヨクは日本攻撃を始めた

80年代について、しっかりした考察が必要だ。数々の日本攻撃が行われた、ネタは、戦前戦中のはるか40年も前の、もはや記憶も薄れて来ていた時代の事である。しかも、それ以前にはほとんど話題にも講和の条件にもならなかった存在しなかった事案であり、全ては捏造されたものであった。

※ 731部隊・・・・1981年、森村誠一が、「悪魔の飽食」を赤旗に連載し始めた。

※ 慰安婦問題・・・・1983年に、吉田清治が捏造本を出版、1989年にサヨクと朝日による一斉攻撃が始まった。これについてはHPの「なぜ慰安婦の強制連行という捏造が行われたのか」を参照。

※ 南京虐殺・・・・84年に朝日新聞が、元歩兵第23連隊の日記を入手したとして、その内容を紹介し、南京大虐殺を「広島、長崎の原爆やアウシュビッツと並ぶ無差別大量殺人」と報道した。ここから捏造が始まった。それ以前は、極東裁判や、本多勝一の本などの問題はあったが、大した事にはなっていない。そもそも、それは極東裁判で責任者は処刑されて済んだ話だった。「1960年から1982年まで人民日報には南京大虐殺を論じた記事は一つもなかった。また胡喬木による党史『中国共産党の三十年』も事件を記述していない」(以上ウィキペディア)

※ 靖国神社参拝問題・・・ウィキペディア「1979年4月にA級戦犯の合祀が公になってから1985年7月までの6年4月間、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘が首相就任中に計21回参拝をしているが、1985年8月に中曽根首相が参拝するまでは、非難はされていなかった。」 しかし、85年朝日と中国が批難を初めて、今の混乱につながっている。

その他、樺太在留韓国人帰還問題が75年から。日露戦争は日本の侵略戦争であるとの主張がおおっぴらに言われ初めたのがこの頃だったと思う。

では、なぜ、80年代にこういった問題が集中して提起され騒ぎになったのか。いくつかの要素があると思う。

1.サヨクの運動が、60年代はデモなどでの安保反対闘争、70年代はテロ闘争と続いたが、いずれも失敗したこと。
2.戦争から40年過ぎて、生存者も減って捏造がしやすくなった事。
3.50年代から70年代に各国と締結された講和条約や賠償が忘れられ、日本は何も謝罪していない、などというデマが、特に若い人には通用するようになったこと。
4.中国との国交正常化、友好ムードの中、中国からの指示を得やすくなった事。
5.東西対立が東側の敗北になりそうなのが確定的になっていたので、何か活動のネタを国内サヨクが必要とした事。
6.現状を変えるのが難しくなったので、過去に遡って歴史を改変しようという、「ターミネーター」作戦を試みた。
→HPの「多文化共生」というまやかし
などだろうか。
多分、4.は今もその状況は続いていると思う。



続く



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