FC2ブログ

パレスチナがイギリスに謝罪を要求・・・アラブは一方的な被害者なのか

戦後の中東諸国の扱い方には疑問を感じる事が多い。英仏は中東諸国の独立を支援した側なのだが、なぜか一般的に、アラブは英仏の利益追求に翻弄された可哀想な犠牲者であるとするような報道が多い。彼ら自身もそう思ってるとこの報道で知ってちょっと驚いた。自分らで独立できなかったのを人のせいにするとは。

バルフォアっ宣言から100年になるのを期に、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長が、イギリスに対して謝罪と国家としての承認を要求したらしい。→ 魚拓

第一次大戦まで、中東地域はオスマントルコの支配下にあった。トルコと戦った英仏は、トルコの背後を撹乱することを目的に、アラブ人たちに独立の約束をして反乱を起こさせた。あのアラビアのロレンスがまさにその象徴的な存在である。そして、この事態には3つの協定、宣言が絡む。

1915年10月 - フサイン=マクマホン協定(中東のアラブ独立・公開)
1916年5月 - サイクス・ピコ協定(英仏露による中東分割・秘密協定)
1917年11月 - バルフォア宣言(パレスチナにおけるユダヤ民族居住地建設・公開)


よく二枚舌、三枚舌外交とかいって糾弾されるが、そもそも、他民族の独立に誠心誠意、純粋な善意でやる義務など無い。費用と兵士の命が掛かってるのだ。そんな事は自国の国民に対する背任行為だ。独立だって、アラブ人達が望んでいた事だ。お互いの利益になるものであって、一方的に英仏の利益が貫徹されたわけでもない。英仏の支配はせいぜい20年かそこらだし。

またこれら3つの宣言は矛盾してるとよく言われるが、そうでもないようだ。マクマホン協定では、地中海沿岸のパレスチナやレバノン、シリアは含まれていない。だから、イスラエルを建国するのは矛盾しない。
サイクスピコ協定は、イギリス、フランス、ロシアの勢力範囲の取り決めだが、確かに統治などはしたが、結局は独立させてるわけで文句を言う筋合いもないだろう。
で、バルフォア宣言は、ユダヤ人居住区の設定。これはアラブ側からしたら背反だろうけど、文意としては矛盾しないようだ。この時点ではあくまで「居住区」の設定であって、イスラエルの建国は戦後の国連の決定によるし、そもそも、この地域はマクマホン協定に入っていない。またその間にはナチによるユダヤ人殺戮が入ってくるので、状況としても変わる。

こういった状況で、中東地域は、オスマントルコの支配から、英仏露の勢力下に入り、国際連盟による委任統治を経て次々に独立する。

1922年 - エジプトがイギリスから
1925年 - イランがイギリスから
1932年 - イラク王国がイギリスから
1932年 - サウジアラビア王国が成立(各部族の闘争の結果、イギリスが承認)
1943年 - レバノンがフランスから
1946年 - シリアがフランスから
1946年 - ヨルダンがイギリスから
1948年 - イスラエルがイギリスから
1961年ークウェートがイギリスから
1971年 - バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、オマーン、 バーレーンがイギリスから


ベトナムやインドネシアと違って長年に及ぶ独立戦争はせずに済んだのだ。感謝すべきだろうに。ベトナムで約10年、インドネシアは5年も戦って独立を達成している。なんでこんな状況で英仏を恨むのだろうか。国境線の線引きがどうとか言う向きもあるが、じゃあ、アラブ人に任せてすんなり行ったのか。100%あり得ない。混乱が続いただけだろう。なんでも自治でできるというのは幻想だ。今の状況をみると、戦後の独立ブームにはむしろ疑問符を付けたくなる。また、この過程でいわゆる独立戦争は中東では起きていない(と思う)。いくらかの騒乱はあっただろうけど。

問題はむしろ、アラブ側による、イスラエルへの侵攻である。イスラエルの独立は戦後の国際連合によって決められた。英仏が勝手に決めたわけでも、ユダヤ人が勝手に入ってきて占領したわけでもない。この辺りは、かなり誤解があるような気がする。多分日教組なんかの影響だろう(笑)。私自身、中高の頃はそんなイメージを抱いていた。

ちなみに国連での決議直前のこの地域の人口比(wikipedia)

       アラブ人と      その他ユダヤ人
帰属     人口 国内比率  人口 国内比率 人口合計
アラブ国家 725,000 99%   10,000  1%    735,000
ユダヤ国家 407,000 45%   498,000  55%    905,000
信託統治 105,000 51%   100,000  49%    205,000
合計   1,237,000 67%   608,000  33%    1,845,000
1947年9月3日に提出されたUNSCOPの報告書の第4章 A COMMENTARY ON PARTITION より臨時委員会


確かにアラブ人よりは少ないが、60万ほどいた。かつての故地なんだから居て当たり前ではあるが。エルサレムにも10万人のユダヤ人居住区もあった。これが日本だと、ユダヤ人が全くいない地域に最先端の武装で身を固めたイスラエル兵士が攻撃をしかけ、貧しいアラブ人たちを殺戮して占領するといったイメージの人が多いようだ(笑)。テルアビブ空港に特攻した岡本公三なども、そんな思い込みがあったのではないだろうか。実態はその逆であったのだが。

国際連合の決定に異論があるというのなら、もはや話し合いの余地などない。何をか言わんやである。戦後世界は国際連合が決めたのだ。嫌も応も無い。従うしか無いことだ。しかも、イラク、レバノン、シリアなどは国家としてこの決議に参加しながら、決定を受け入れていない。その事の方がはるかに問題だろう。まるで今の日本の野党である(笑)。多数決を否定しておいて、「民主主義とはなんだ」とか叫んでるし。

ArabIsraeliWar.png
1947年11月に国際連合でパレスチナ分割決議が承認され、翌年5月14日にイギリスは撤退、15日から独立という事となった。そして、その真夜中、15日の深夜零時を期して、周辺のアラブ諸国から一斉に軍隊が侵攻してきた。この地域では独立戦争は起きずに、独立後の違法な侵略が起きるという異常な事態となった。まるで、自衛隊が成立する前に竹島を占領した韓国である。

周辺諸国は国家が成立していたために、軍隊があり戦車や航空機をもっていたが、イスラエルには何もなかった。政府組織や軍隊組織さえなく、各地のゲリラ部隊が、ライフルと火炎瓶、一部大砲を使って戦った。戦力比は、アラブ側15万、イスラエル側3万である。そして、信じられない事に、イスラエルが勝った(笑)。当初は、国家が成立していないために、外国からの援助も一切受けられずに戦ってる。不思議な戦争であった。

ちなみに、「中東戦争全史」(田上四郎)によれば、5/14の時点での兵器は
             戦車     装甲車   野砲・高射砲  戦闘機爆撃機
アラブ          40    200      360       74
イスラエル        1     2        29        0

確か、イスラエル側の戦車装甲車というのは、フランスのゴミ捨て場から拾ってきたもので、実戦には使えていない。


まあ、この辺りの話はこの問題とは話がずれるが、中東のアラブ諸国は実に幸福な独立をしたのだ。なんで文句を言うんだか。

ただ、パレスチナに関しては同情の余地はある。48年になっても独立できなかった。それはイスラエルのせいというよりは、周辺アラブ諸国のせいだろう。周辺諸国は第一次中東戦争の結果、パレスチナの領土を勝手に占領した。ヨルダン川西岸やガザ地区は、周辺諸国によって占領された。この状態はその後もずっと続く。イスラエルも占領はしたが、それは攻撃された側の当然の権利である。侵攻した側が何らかの謝罪、講和、賠償をしない限り返す必要などない。そしてアラブ側はそれをせず、パレスチナを放置した。

だから、恨むのなら、そういったアラブ諸国だろう。国連の決定を受け入れて、戦争をせずにパレスチナ国家を作れば良かったのだ。そして、国力を蓄えて、その上でイスラエルを攻撃するなりすれば良かった。方針の間違いである。


☆ 戦後の中東やパレスチナ問題に対する国内サヨクの対応

全体を総括できるわけではないが、これにはかなりの問題があったと思う。しかも、最近では殆ど言わなくなって放置状態にしていて二重に無責任である。

日教組もメディアも中東の戦後、とりわけ、中東紛争についてはまともな説明をしてこなかったと思う。せいぜい、欧米やユダヤ人の被害者ということしか言ってこなかった。

例えば、ヨルダン川西岸について。私はこれがなんなのか学生時代にはよく分からなかった。ヨルダンじゃないらしい。じゃあ、なんなのだ。これについてまともな説明を教師から聞いたことはない。これは要するに中東戦争のドサクサにまぎれてヨルダンが勝手にパレスチナの地を占領していたのだ。これこそ不法な占領である。しかし、そんな説明など聞いた事がなかった。

中東戦争の発端。これもまともには説明されていない。細かな話ではあるが。
まるで、一方的にイスラエルが起こしたかのような説明であったようだ。第4次まである戦争だが(これにカウントされない紛争もあるが)、4回とも全て、アラブ側のアクションによって起こっている。
第一次は、上に書いたように、全周囲からの奇襲攻撃である。
第二次(スエズ紛争)は、エジプトのスエズ運河領有宣言によって起きた。
第三次は、戦いを起こしたのはイスラエルだが、その前に、エジプトがチラン海峡を封鎖し、攻撃の姿勢を見せていた事に対してイスラエルが予防的に起こしたものだ。
第四次は、エジプトの完全な奇襲攻撃で、さすがのイスラエルも意表を突かれ押されたが、最後にはエジプト本土にまで押し返した。

そして、あの有名な、デイル・ヤシーン村虐殺事件(1948/4/9)。国連決議からイスラエル独立の間の紛争状態に起きた事件。イスラエルの悪辣さを代表する事件として、かならずと言っていいぐらいサヨク側から名前を挙げられる。イスラエルはこれほどに残虐だと批難の材料に使われた。中東戦争はここから始まったかのように言う人さえいる。しかし、それは違うのだ。理由は3つ。

1.まず、20年代から双方のお互いへの攻撃はずっと続いていたということ。アラブ側過激派も相当な事をしている。
2.犠牲者は百人台前半のようだが、その程度の虐殺など、世界中で起きてる。いいとは言わないが。オランダはインドネシアアチェ地域の反乱に対し、10万人規模の殺戮を行い、一村皆殺しなどをやっている(20世紀初め)。
3.最も大事なことで、なぜか言われない事だが、実はこの事件には背景があった。エルサレムのユダヤ人居住区10万人に対する、アラブ側による包囲と、給水停止である。ユダヤ側はこの地区をを救おうとする作戦を起こし、その過程で起きたものである。良いとは言わないが、10万人の命がかかっていれば、あせるのもしょうがないだろう。

1.については、上記田上本から例を上げれば(無数にあるけれど)、
「2月22日はエルサレムの数カ所のユダヤ人アパートが破壊され、50人の死者と70人以上の負傷者を出した。」
「47年12月30日ユダヤ人のテロリストが山頂から谷地のアラブ人部隊に爆弾を転がし、アラブ人の死者6名、負傷者47名をだした。その報復としてユダヤ人労働者41名が、殺された」


3.については、
「ナチソン作戦・・・この(エルサレムの)10万余のユダヤ人の生活物資は、テルアビブからエルサレム道を通って補給された。飲料水はテルアビブ東方の20kmにある井戸からポンプによって給水された。この補給路がアラブ人によって閉塞された」
この状況を打開するために作戦が、ナチソン作戦。
で、その2都市を結ぶ道路を見下ろす高地にこの村はあったのだが、
Over the next few days, the Jewish community at Motza and Jewish traffic on the road to Tel Aviv came under fire from the village. On April 8, Deir Yassin youth took part in the defence of the Arab village of al-Qastal, which the Jews had invaded days earlier: (英語wikiより)
その交通路がデイルヤシンの村から戦火を浴び、またその村の若者達が戦いに参加した、という状況があった。
またこの事件の報復として、数日後、ユダヤ人側の医師、看護婦77人が殺されるという事件が起きてる。

この事件を取り上げて深刻そうに語る人は多いだろう。まるで自分のヒューマニストぶりを誇るかのように。しかし、それはただの無知なのだ。とにかく対立関係がパレスチナ全土で高まってたのだ。何も起きてない平和な村がいきなり襲われたなんて状況ではない。そもそもそんな事をする理由もない。南京事件捏造と同じナンセンスだ。この辺りをサヨクは歪曲して一方的な宣伝をして、下部の信者たちはそれをそのまま信じる、という状況が日本の戦後では続いてきた。

日本の国内サヨクにムカつく理由はいくつかあるが、この何も考えず、ただ上からの説明を盲信して、その言葉をそのまま繰り返すという知性の欠片もない反応も大きい。彼らは何か真相を知ってるかのような態度を取るが、そうではなく、ただ上からの説明を信じてるだけなのだ。それなのに、いかにも真相をしっているかのような態度を取る。それが許せない。ジョージオーウエルの「動物農場」で、反乱を起こした動物側が、"two legs bad,four legs good(二本足は悪い、四本足は善い)"と唱えるのと何も変わらない。知性が凍ってしまった集団というのが許せない。自分で調べもせず、考えもしないのがこういった連中なのだ。




続く




スポンサーサイト

テーマ : 中東問題
ジャンル : 政治・経済

コメントの投稿

非公開コメント

Re: タイトルなし

あと書き忘れましたが、不平等な分割案が中東戦争の引き金になった、というのは違うと思いますが。
どんな分割案でも戦争は起きたと思います。
70年代まで,アラブ側のモットーは「イスラエルを地中海に追い落とす」でしたから。
別に面積を問題にしていたとは思えません。
国連で分割案が出る前から、お互いへの襲撃はありましたし。

そもそも「平等な分割案」なんてものがありうるのか、と言うこともあります。
それは無理だと思いますよ。理由は、

A。砂漠と緑地が入り組んでるために、綺麗にはできない。
B。中東各地にいたユダヤ人の分が考慮に入ってない。イスラエル成立後、中東各国から、多くのユダヤ人が追放されました。イラクからは30万人と言われています。その人達の分の土地は確保されたのか。勿論ありません。
C.そもそも周囲は全てアラブ人の国です。パレスチナだけで比例配分するのもそれはそれで不平等ではないでしょうか。
D.イスラエルの縦深が小さくなると危険すぎる。第一次中東戦争でも初戦ではユダヤ人の側は押されています。あれより小さくなったら、全滅の危険もあったでしょう。

Re: タイトルなし

それは国連で投票の結果決まったものですからね。どうもこうもありません。
そもそも「不利」とか「一方的」とか主観的なものです。
それが嫌なら、アラブが自分で独立戦争起こして国連や国際連盟のお世話にならなければよかったのです。
ベトナムやインドネシアはそうしましたから。

で,実際中東戦争を起こしてイスラエルに攻め入って敗れました。
もうここで話はおわりですね。
国連の仲裁を聞かずに戦争を起こして敗れたのです。
国連の投票の結果をも認めず、力で決めようとしても敗れた。
それでも不満だとか、話になりません。
なぜ他国がそこまでアラブの面倒をみないといけないのですか?
どこも独立国はそんなに他国には頼っていません。

問題はむしろ、アラブというとなんでも同情的に見ようという一部の主張でしょう。
独立さえ出来てない民族は世界中にあります。クルド、チベット、ウイグル他
そちらはどうなんですか?
なぜ同じような同情の言葉がでてこないのでしょうか。
国連で話題にならないのでしょうか。
アラブは独立出来ただけ良かったじゃないですか。

私見ですが、こういったアラブへの同情心は、欧米やイスラエルへの敵愾心をもった左翼勢力が産んだものだと思いますよ。
そういった国々を悪者にするために、アラブへの同情を煽ったのです。
岡本公三なんかもその煽りを受けたひとりではないですかね。


アラブ側に一方的に不平等な国連分割案が第一次中東戦争の引き金となったことについてはどうお考えですか?
プロフィール

kifuru

Author:kifuru
FC2ブログへようこそ!
元のHPは"kifuruの長文系ページ"、http://kiyo-furu.com (政治詩文関係)と ”kifuruの写真音楽系ページ http://www.kiyo-furu.sakura.ne.jp/(写真音楽関係)に移転しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR