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菅直人は、なぜ震災翌日に原発事故の現場に行ったのか

(HPからの抜粋)→http://genpatu.silk.to/nazeitta.html 。一部追加(8月~2015/12/3映像追加変更)

震災当時の首相、菅直人は3月12日6時過ぎ、東京を離れて福島第一原発の事故現場に行っている。そこで7時半から8時半ほどまですごして、官邸に帰った。震災がどんな状態なのかまだわかってもいないのに、地震が起きてから半日ほどの真夜中に行くことを決め、官邸を離れている。よほど強い動機があったはずだ。しかし、その行った理由がずっと謎で、説明も二転三転しはっきりしない奇妙な状態が今まで続いていた。

そこで、当時の資料を時系列に並べ、真相を探ってみた。      

1.当日午前3時過ぎの枝野官房長官の説明
2.出発直前の記者会見
3.3月29日の参院予算委員会
4.5月16日衆院予算委員会(書換え10/2)
5.9月11放送TBSの検証番組
6.1年後の会見
7.今回、吉田調書公開にあたっての説明

関連する発言
※1.同年10月の海江田の説明
※2.吉田調書(10/3)
※3.『プロメテウスの罠』の奇妙な記述(10/11)


(上記資料の説明とソースアドレスはHPで)

☆現地に行った理由について、菅などの説明の変遷

1.当日(枝野)・・・現地の状況把握
2.出発前の記者会見(菅)・・・現地の状況把握
3.3月(菅、国会)・・・陣頭指揮で、現地の状況把握
4.5月(菅、国会)・・・現場がベントをしないから催促に(いわゆる菅英雄譚)
5.9月(菅)・・・行った理由は不明。「なんでベントが出来なかったのか分からなかった」との発言をしている。
6.1年後(菅)・・・現地の状況を見ることが大切だから。「ベントが出来ない理由を官邸詰めの東電関係者に聞いたが分からなかった」(しかし、現地では聞いてない)。
7.吉田調書公開後(菅)・・・住民避難の判断のための現地訪問だった

でたらめ。7には笑うしかない。詳しい内容は、HP http://genpatu.silk.to/nazeitta.html

☆とりあえず、現時点での推測(9/23)

おそらく、前夜中にベントの必要性は認識され、菅にも伝えられていた(上記資料3,4より)。
しかし、官邸側は指示を出さなかった。
理由は、ベントの前に、管が現地で指揮する映像を撮ろうとしたから。人気回復に利用しようとした。
しかし、夜中ではヘリは飛ばせないし、撮影も出来ない。
だから、翌朝まで待って明るくなってから現地に行くことにした。
それで、3時の記者会見で、ベントと菅の視察が同時に発表された。

だから、この事態でのミスは、管が現場に行って初動を混乱させたことではなく、菅の映像を撮るために、ベントを翌朝まで遅らせたことにある。現場視察にばかり目が行っていたから、そちらに引っ張られた。
吉田所長が、菅が邪魔になって復旧が遅れたということはない、といってるのとも符合する。

菅は、ベントさえやれば復旧すると軽く考えていた。帰ってからも野党党首と上機嫌で話してるらしい。だから、現地でもあまり突っ込んだ話はしなかった。また行った理由が二転三転してはっきりせず、現場の人との顔合わせだのと適当な事を言っているのもそういう背景があったから。
のちに、菅の英雄譚が捏造されたのも、そういった負い目があったから。菅の手落ちを過剰にカバーしようとした。

以上だと思う。

まとめると、菅は、原発事故を収束させたのは自分であることの証拠写真を撮りにいった。ついでに、現地の所員とも特に印象に残らない話をした。その後、対応の遅れの結果、原発は爆発した、という事。

おそらく、こういう推測になると思う。ほかの理由は、各種の難点がある。
たとえば、現地がベントをしようとしないから行った、という事に対しては、そもそも、3時過ぎの枝野の記者会見で、ベントの実行と菅の視察が同時発表という根本的な矛盾があるほか

1.本人がそういう理由だと言っていたのは2011年5月以降の一時期、3月中には言っていないと思われる。

2.吉田所長は、ベントが官邸からの指示通りに行われていないという認識ではなかったようで、ベントの指示を知ったのも、6時50分の命令の時のように思われる(吉田調書にそんな記述がある)。それ以前に現地に官邸から指示を出した証拠が見えない。ただし、吉田自身はベントの準備の指示を、日付が変わる頃に出している。さらにベントの要求そのものを、吉田所長の側から保安院に出している(1時30分)。そして、保安院から官邸に要請が行っている(1時40分)。それに答えた形になったのが、3時過ぎの枝野の発表のようだが、現場にはその時点では、ベント指示は行ってないと思われる。

3.そもそもそんな事なら行く必要はない。直接電話なりすればいい。現地との連絡は当然付いていた。現地に行かないと出来ないことは何か? 事故現場での写真撮影である。余りにも単純な答えではあるが。

4.なぜずっとベントが出来なかったのかの理由を聞いていない。菅の英雄物語では、何度も催促をしたのにしなかったから行ったとなっているが、それなのに、出来なかった理由を聞かなかったのは不自然。TBSの番組では、本人自ら、「どうしても分からなかった」と言っている(これは恐らく、理由を聞かなかった事への言い訳としていったのだろう)。というか、そもそも聞いていない。実は菅本人自身、吉田に理由を聞いたとは言っていない。本人弁でさえも、聞いた相手は、官邸にいた東電関係者。しかも、菅はそれを混ぜて話していて、意図的に国民を騙そうとしているように見える。出来なかった理由を吉田所長に尋ねたという証言は探した限り存在しない。

5.菅が怒って来たのなら、7時過ぎに到着後すぐにやらせてもいいのに、滞在中はやらせず、帰ったあとの9時過ぎに作業を始めている。作業を始めるのを確認してから帰ってもよかったろうに、さっさと帰ってるし。

6.周辺地域の住民を避難させているのに、菅の一行は放射線防御服も着ずに行っている。これはその時点ではベントは行われないという確信があったから。ベントは訪問以降になるはずだった。防御服を着けずに行った理由を、国会(5/16)で執拗に聞かれてるのに、何度も筋違いの返答をしてるのは、行った理由を隠したかったから。

こういった事か。



また、自分の手柄にするためのパフォーマンスだった、という理由としては、

1.6時50分の政府の正式な命令が、7時過ぎの菅の現地到着の直前という出来すぎたタイミングだという点。その時点では上手くいくと見込んでそのタイミングにした。

2.現地到着時、ヘリから下りて指揮所に向かう菅を、向かって右からスティルカメラ、左からビデオという事前のセッティングで撮っていること。それを発表する予定だったんだろう。この映像は、私自身、見たのはずっと後。あまり公表してないのではないのか。勿論、爆発したから出来なかったのだろう(上記資料、2、5より)。
その部分の動画切り出し
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また右からの画像
168910ff (1)

(この画像に関しては若干の疑問がある。このシーンは上のビデオの14秒辺りだと思うのだが、彼らの左前方にはそれらしいカメラマンはいない。また菅の左側を歩いている自衛官?はちょっと離れているので、こんな風に撮るためには、離れた所から望遠レンズで撮る事になると思うが、なぜそんな所にいたのだろうか。撮ったのは官邸からつれてきた人だろうが、遠くまで行かせてから菅が出たことになる。不自然さを感じてしまう。
 もう一点、この日は菅は、10時40分過ぎに官邸に戻っている。この写真は、9時13分にNHKで放送された。提供が内閣広報室になっているから、撮影したのは官邸側でNHKじゃないだろうに、迅速な事だ。ネットででも送ったのだろうか。急いで広報したいという欲求があったのだろう。ちなみにこの時点では菅は、まだ、狂乱状態にはない(笑))

(2015/12/3追記)
最近知って驚いたのだが、こいつはなんと右側からもビデオを撮っている。1:00以降

一体撮影チームをいくつ連れていったのか。いくつも作った対策作本部や会議の議事録はほとんどないらしいが。必要なものは記録しないで、宣伝に使えそうなものだけは何重にも記録するとか、首相の資格はない。
(追記終わり)

3.そもそも、菅はパフォーマンスが好きだから(笑)。カイワレ大根を食ってみたり。

付帯的な状況としては、

1.菅は震災以前は、原発に積極的で外国に売り込んだりしてたのに、震災以降、脱原発に変わったこと。自分のせいじゃなくて、原発が悪いのだという事にした。これは民主党全体がそう。鳩山が提案した、CO2の25%削減も、原発の存在を前提にしている。悪いことを人のせいにして責任逃れをするのは、左翼・リベラルの常套手段。

2.福島第1原発は廃棄の年限がきてたのに、菅が延長させた。もし廃棄となっていたら、その時点では運転していなかったはず。勿論、燃料は存在していたし、冷却も必要ではあったが、被害はもっと軽かっただろう。(使用延長は、事故の前の2月、管内閣時→サイト

3.事故後菅が異常な心理状況となって、「日本語だかフランス語だかわからない言葉で喚いていた」とか言われたのは、ベント命令が遅れた事で自分の責任にされるかもしれないという恐怖心があったため。またそういった事から疑心暗鬼になって、東電本社に怒鳴り込んだりした。当時の狂乱状態も、ベントを遅らせたという致命的なミスがあったからだと思えば説明はつく。

4.こういった負い目のせいもあって、菅の周辺人物により英雄物語が作られ、責任逃れが図られた。菅を逆に震災での英雄にして、責任追及の目から逸らせようとした。しかし、菅自身はそのウソに徹する事が出来ずに、それに反する証言をやっているが。


「ベントが必要だったのにしなかった」という状況は、実は別の形で存在していた。ベントが必要な事は、前夜、斑目委員から菅その他に言っている模様。その返事が来なかったと3月中の国会答弁で言っている。それを、菅と現地との関係にすり替えて、現地のせいにした。

また前夜のうちに、原発事故での避難地域とされる人たちの避難は終わっていた。おそらく、ベントの実行を見込んでいたものと思われる。マニュアル通りになっているので。しかし、それが10時間も遅れた。前夜中だったら、状況は変わっていたかもしれない。

上記の推測が正しければ、これは犯罪だろうと思う。斑目委員や菅その他の官邸関係者の国会喚問をやって欲しい。
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テーマ : 福島第一原発
ジャンル : 政治・経済

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