勇魚とり(いさなとり)、捕鯨は日本の伝統

なんだか、またクジラ関係が騒がしい(笑)。白人の最近の心境の変化(笑)が問題なんだが。60年代まで普通にクジラをとってたのだが、突然保護せよと叫び始めた。まあ、数が減ってる状況ではしょうがなかったとは思うが、それを最近では、文化的に進んでいる証拠であるかのような言い方をしている。そしてそれになじまない日本は遅れてるかのような。IWCでも科学委員会はわりとちゃとした結論をだしてるんだが、無視してるし。もはや宗教である。しかもそれに引きずられてる日本人がいる。これが問題なのだが。なんの文化的背景もなしに同調している。こういうのがいると、白人の勘違いがさらに進むのだが。

前のアメリカの日本大使、ケネディが、捕鯨に関しておかしな事を言ったことがあって、それで、こっちは頭にきて、大使館に英文のメッセージを送った。お前らが、北欧の森の中を裸で駆け回ってたころから、日本人はクジラを捕っていて、歌にも残したんだ、さっさとアイルランドに帰れ、帰って殺されろ、といった内容だった(笑)。かなり頭に来てたので、ちょっと過激になった。

ちなみに、19世紀におけるアイルランドのじゃがいも飢饉では、人口の2割が餓死、3割が国外に出て、人口は半減したと言われている。現代でもまだ当時の人口に回復していないらしい。全体の2割が餓死というのは相当なものだ。ケネディ大統領の先祖も飢饉の最中にアメリカに渡ったらしい。イギリスの支配が過重であったのが原因の一つではあるが、そういう背景を持っているなら、もう少し他文化にも配慮すべきだったろう。日本の教科書も、日本史の粗捜しばかりしてないで、こういった事も教えるべきだ。



「勇魚取(いさなとり)」、勇魚=クジラ。この枕詞が残ってる。万葉集から、

>昨日こそ、船出はせしか、鯨魚(いさな)取り、比治奇(ひぢき)の灘(なだ)を、今日見つるかも

>やすみしし 我が大君の あり通ふ 難波の宮は いさなとり 海片付きて 玉拾(ひり)ふ 浜辺を近み ・・・・・

>いさなとり 近江の海を 沖離(おきさ)けて 、、、、

>石見の海 津の浦をなみ 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも いさなとり 海辺をさして にきたつの 荒磯の上に ・・・・・

その他。

youtubeで検索すると、結構この関係のまつりがあるなあ。まあ、これが昔からのものとは限らないが。、





日本てのは色々調べると、いろんな文化、習俗があるなあ。


関係ないが、インドネシア・フローレンス島でのイルカ漁、凄いなこれ。昔はこうしてたのか。これぐらい大変なものだったのだろうなあ。


日本国内での、ツチクジラの解体、マッコウクジラの歯の加工など。ツチクジラは、IWCの管轄外だとか。




和田浦のクジラ料理屋、ピーマンか。行かねばならん。











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雑感、文科省幹部子弟の裏口入学(笑)、オウム幹部の処刑など

文科省・科学技術・学術政策局長、佐野太の子供が、東京医科大学に裏口入学してたらしい。
これは色んな意味で相当に巨大な事件ではないかなあ。

1.まず、教育の責任者が裏口入学に関わったということ(笑)。それも自分の息子を。これだけでもう、お腹一杯。
2.その生徒が在学中、あるいは入ってすぐにバラされたということ。こんな例ってあったかなあ。しかも、相当点数は低かったらしい(笑)。それも医学部でね。
3.一体この裏に何があるのか、ってこと。ここが一番の問題。どうも前川と関係してるらしいが。
4.大学側のトップ二人が辞任したらしい。理事長と学長。うは(笑)。

これで何人かの人間の人生が消えてしまいそうなんだが(笑)。特に親子の方。まあ、その他色々と出てくるとは思うが、なんでこんな直截的に強力なjことをやったのかということ。安倍政権が。この辺りの人事や逮捕などは、首相の同意無しではできないだろう。いままでの安倍さんのやりかたとは、ちょっと違ってて気になる。名前を出して、学校名出せば、特定は簡単だ。ここまでやるってのは、相当なもん。

この佐野って人は、2016年6月17日に官房長になっている。前川が次官になるのと同時に(前川は同21日)。官房長ってのは内閣の官房長官同様、女房役である。かなり密接な関係なのだろう。安倍首相側には、相当な怒りがあるのだろう。まあ、官僚のトップになったのに、政権の悪口いいまくりだからね(笑)。怒りが収まらないのではないかなあ。文科省ってのは、寺脇、前川、そして佐野とおかしなのが多いなあ。その関係ははっきりはしてないが。

まあ、この辺りはちょっと分からないが。続報を待つ以外にないな。


☆ オウムのトップ処刑

ま、こんなの当たり前。時間がかかりすぎてるし。国民法廷かなにかにすべきだろう。なんでこんな連中の人権に配慮しなきゃならんのよ。今もオウムの毒ガス事件の後遺症で苦しんでる人がいる。そういう人たちにボタンを押させればいい。すこしは気持ちが晴れるだろう。そういう人はもう二度ともとの体には戻れない。何が冤罪の恐れだ。冤罪なんて、体は元のままじゃないか。あまりにも容疑者の人権が偏重されている。被害者はどうなるんだ。

今の刑法の制度は間違ってると思う。教育刑などいらない。そいつが真人間になるかどうかなんてどうでもいいこと。そんな事はあまり無さそうだし。それなりの罰を受ければいい。それが、犯罪抑止効果をもつかなんてのもどうでもいい。他人の人生の邪魔をしたのだ。それだけで十分、罰則を受ける資格がある。

最近の西欧の刑罰に関する考えは偏っている。その犯人が改心すればいいらしい。しかし、そのために寝たきりになって人生を虚しくすごす人が出てくる。そういう人は、どうするのだ。犯罪にあったからしかたないでしょう、ですまされるのか。たとえ、刑罰になんらかの効果がなくても、しないわけにはいかないだろう。それが、この社会に生きてるものの努めだ。

そもそも冤罪という言葉があまりにも大げさに使われている。しかし、その反対側には目を向けない。小野悦男の問題なんか典型である。小野は、北海道で何度も逮捕されていた。それが関東にきてから、住んでいた近場での暴行、殺人事件が10件あまりもあるらしい。そして、74年9月、そういった暴行殺人に関して逮捕される。ところが、翌年3月、「小野悦男さん救援会」なるものが作られ、79年6月には「でっちあげ 首都圏連続女性殺人事件」なる本まで出される。初審は有罪だったが、91年4月第二審で、堅山慎一裁判長によって、無罪とされ釈放される。4千万貰ったらしい。

ところが、96年1月、首なし女性の焼死体が見つかる。4月には、5歳の子供が首を閉められ、その証言から小野が逮捕される。そして殺された女性の首やのこぎりが小野の居た家から発見される。99年2月、無期懲役が確定。となると、以前の裁判も間違いではないか、という話になるのだが、しかし、再度裁かれることはないのだから、こいつの有罪は認められない。

まあ普通に考えて、こいつが犯人だろう。それはいいとして(よくないが)、釈放されたあとに殺された人はどうなるのか。「救援会」のせいではないか。その人たちは、責任をとったのか。有罪無罪に関して口をだしたのだ。それはどうなるのだ。無罪になったときには、拍手が起きたらしい。そいつらの責任はどうなるのだ。それでいいのか。殺された女性は、今後何万回生き直しても、冤罪で処刑される事はないだろう。しかし、冤罪とみなされた奴にあっさり殺されたのだ。

冤罪というと、だれても嫌だろう。自分はそう成りたくないと思うだろう。しかし、人間のやることには、限界がある。どんな規則をつくっても完全ではない。どんな規則でも誰かが冤罪を受ける事はあるだろう。思うに、どこかでラインを引くしか無い。これでやむを得ない、というラインだ。絶対に冤罪はでない、というラインを引くときつすぎる。冤罪でない奴が無罪となる。ある程度は、冤罪が出てもしょうがない、というラインだ。それで満足するしかないのではないか。

あとは、この手の典型的な冤罪事件などよりも、ほんのちょっとした冤罪事件、例えば痴漢事件なんかの方が一般人にははるかに影響は大きい。こういったものは被害者の言い分がそのまま通ることが多いらしくて、割と簡単に逮捕される。多分数日は出れないのではないかなあ。これはきつい。自分なんかだとそうなっただけでも嫌である。だからできるだけ気を付けてはいるが、これだと、無罪と分かっても請求金額も大したことはないし、実際に起きたら悲惨な事になる。こういった事件では、いわゆる「被害者」の側の被害は大したことがないのに、「加害者」の側の被害が大きくなる。まあ、ちょっと簡単には答えはでないとは思うが、ちょっとこちらも考えてほしい。



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