BABYMETALドイツイギリスツアー、2015年8月

ついこの間、北米・欧州を巡るツアーが終わったと思ったら、もう第二弾?のドイツとイギリスのツアーが始まっていた、というかもう終わりそうだが(笑)。

8月26日(水) ドイツ・フランクフルト(Batschkapp)
8月27日(木) ドイツ・ベルリン(Huxleys)
8月29日(土) イギリス[READING AND LEEDS FESTIVALS 2015]*フェス出演
8月30日(日) イギリス[READING AND LEEDS FESTIVALS 2015]*フェス出演

日程が詰まっていて、この間に移動もあるわけで大変だなあ。普通に観光で行くだけでも結構気ぜわしい日程だろうに。
上の3つはすでに終わっている。ドイツのはyoutubeにいくつもアップされてるが、さすがに画質が良い。うっかり見てしまうとまたも引き込まれてしまう(笑)。

適当に取り上げると、まずフランクフルトから、ヘドバンギャー

3人共気合入ってるねえ。ダンスのキレもいいし、すーの声も力強い。ピッチが上がり気味だけど。

akatsuki

声はD音までよく出てる。今までで一番良く出てるかも。照明が綺麗だ。

ドキモ


iine



ベルリンでのROR、音質は今一だが、画質はいい












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さすらいのギター-ロシア民謡

黒い瞳関係で、ザサウンズのビデオを見ていたら、思いがけない発見をした。
彼らのヒット曲”さすらいのギターーMandschurian beat"はもともとロシアの民謡で、日露戦争で倒れた兵士を悼む曲だったらしい。”満州の丘に立ちて-On the Hills of Manchuria”。全く知らなかった。



wikipediaにもあった
>1906年、日露戦争に軍楽隊員として従軍したイリヤ・アレクセエヴィッチ・シャトロフ(Илья Алексеевич Шатров、1879年 - 1952年)によって作曲された曲。日本軍との戦いで死んだ戦友を偲んで作られた曲とされている。元々は『満州の丘の上のモクシャ連隊(Мокшанский полк на сопках Маньчжурии)』の題名で吹奏楽曲として作曲されており、ロシアでは現在も吹奏楽団や民族楽器オーケストラの重要な演目となっている。
作曲されたその年から現在に至るまで、数種類の歌詞がつけられ、ロシア語版ウィキペディアでは、5つの歌詞が紹介されている[1] 。1926年発表の、アレクセイ・イワノヴィッチ・マシストフ(Алексей Иванович Машистов) の歌詞が、よく聴かれる。ロシア革命後の混乱のさなかのシベリア出兵による日本軍との戦闘で亡くなった兵士をイメージに置いたものとされている。ロシア歌謡としては、長きに渡り歌い継がれてきた。
日本において、笹谷栄一郎の訳詩がつけられ、ロシア民謡として歌われている。しばらくは、ロシア民謡愛好家やうたごえ運動のレパートリーとなっていた。1994年に加藤登紀子が発表したCD「ロシアのすたるじい」の曲の一つとなっている。
1963年に、フィンランドのグループ、ザ・サウンズ(The Sounds)が、この「満州の丘に立ちて」をグループサウンズ風の4拍子に編曲、"Manchurian beat" として発表する。アメリカ合衆国のグループ、ザ・ベンチャーズ(The Ventures)が、これを世界的にヒットさせ、「さすらいのギター」という邦題がつけられる。寺内タケシや小山ルミもカヴァーする。


英文wikipediaによると、奉天会戦で、11日間日本軍に包囲され重大な損害を出した戦いを想起して書いたものらしい。
なんで満州がタイトルに出てくるのか当時は全く分からなかった。ただのエキゾチズムかと思ってた。
「文部省唱歌」のシリーズで、丁度「橘中佐」「水師営の会見」などを取り上げていたので、偶然の符合にちょっと驚いた。

歌詞はいくつかあるらしいが、英文ウィキにあるのは以下の通り。日本語訳は自作。

Around us, it is calm; Hills are covered by mist,      我らを静寂が包み、丘は霧に覆われている
Suddenly, the moon shines through the clouds,      突然月光が雲を突き抜けて辺りを照らすと
Graves hold their calm.                     墓地が静まりかえっている
The white glow of the crosses — heroes are asleep.   十字架は白く輝き---英雄たちがここに眠る
The shadows of the past circle around,           過去の影が辺りを巡る
Recalling the victims of battles                戦いの犠牲者を呼び起こしながら 

Dear mother is shedding tears,               いとしい母は涙を流し
The young wife is weeping,                 若い妻は嘆き悲しんでいる
All like one are crying,                    誰もが一つになって泣いている
Cursing fate, cursing destiny!                運命を、宿命を呪いながら

Around us, it’s calm; The wind blew the fog away,   我らを静寂が包み、風が霧を吹き流した
Warriors are asleep on the hills of Manchuria      戦士達は満州の丘に眠る
And they cannot hear the Russian tears.        誰もロシア人の悲嘆を聞くことはない
Let sorghum’s rustling lull you to sleep,         高粱の葉のざわめきで君らは眠れ
Sleep in peace, heroes of the Russian land,       平安の内に、ロシアの大地の英雄達よ
Dear sons of the Fatherland.                祖国の親愛なる息子たちよ

Dear mother is shedding tears,               いとしい母は涙を流し
The young wife is weeping,                 若い妻は嘆き悲しんでいる
All like one are crying,                    誰もが一つになって泣いている
Cursing fate, cursing destiny!               運命を、宿命を呪いながら!

You fell for Russia, perished for Fatherland,      君らはロシアの為に亡くなった、祖国の為に倒れた
Believe us, we shall avenge you             我らを信じよ、必ず復讐を果たす
And celebrate a bloody wake!              そして血まみれの通夜を執り行うのだ!




英語歌詞付き。ただし、上のとは違うようだ。


ホロストフスキーも歌っていた。

素晴らしい。歌の力ってものがあるのを感じる。ホロストフスキーは、響きが深い上に、常に真摯に歌う。
観客も伴奏者側も満足してるようだ。




3:02に、the special assault corps(prepared to die) did not succeed とある。いわゆる白襷隊。

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黒い瞳ーロシア民謡

ロシア民謡の名曲。
いろんな演奏があるだろうけど、まあ、なんといってもシャリアピン


赤軍合唱団のもの。いいおっさん達がこういうのを歌うとか。とてもいいと思う(笑)。


これとか

ロシアやソ連については、色んな思いがあるとは思うが、私は、彼らがこういうのを歌っている限りは、非難する気は起きない(笑)。

ホロストフスキーのが現代のベストか


もうひとつ


懐かしのザ・サウンズ


ベンチャーズとか


そのカバーとか



ちなみに、なぜ黒い瞳が憧れられたかといえば、かつてロシアを支配していたのがモンゴル系アジア人(タタール人)だったからとか。ほんとうかどうかは知らない。

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水師営の会見-文部省唱歌

これも戦後は教えられていない。ただかなり有名な歌だとは思う。同じ日露戦争を歌った橘中佐の歌よりは知られているか。
自分としてはそれほど好きなものではない。
ただ、たまたま聞いたボニー・ジャックスの歌唱が素晴らしかったのと、橘中佐の歌のサンプルが、ダーク・ダックスだったので、ちょうどバランスが取れるかと思って(笑)、取り上げた。


上手い人が歌うとなんだか泣けてくる。レガートが素晴らしい。
歌詞と楽譜はこちらのサイトに

水師営の会見 (佐々木信綱 作詞 岡野貞一 作曲)
一、旅順開城約成りて、
   敵の将軍ステッセル
    乃木大将と会見の
     所はいづこ、水師営(すゐしえい)。
二、庭に一本(ひともと)棗(なつめ)の木、
   弾丸(だんぐわん)あともいちじるく
    くづれ残れる民屋(みんをく)に
     いまぞ相見る、二将軍。
三、乃木大将は、おごそかに、
   御めぐみ深き大君の
    大みことのりつたふれば、
     彼かしこみて謝(しや)しまつる。
四、昨日の敵は今日の友、
   語る言葉もうちとけて、
    我はたたへつ、彼の防備。
     彼は称(たた)へつ、我が武勇。
五、かたち正して言ひ出でぬ、
   『此の方面の戦闘に
    二子を失ひ給ひつる
     閣下の心如何にぞ。』と。
六、『二人の我が子それぞれに
   死所を得たるを喜べり。
    これぞ武門の面目。』と、
     大将答 力あり。
七、両将昼食(ひるげ)共にして、
   なほも尽きせぬ物語。
    『我に愛する良馬あり。
     今日の記念に献ずべし。』
八、『厚意謝するに余りあり。
   軍のおきてにしたがひて
    他日我が手に受領せば、
     ながくいたはり養はん。』
九、『さらば』と握手ねんごろに、
   別れて行くや右左。
    砲音(つつおと)絶えし砲台に
     ひらめき立てり、日の御旗。

当時のフィルム入りのもある。


この戦いについてはいろんな本や評論が出てることでもあり、特に言うことはない。乃木大将については、愚将だとか名将だとか、いろんな評価があるようだ。ただ、砲撃によって勝敗が決したわけだが、当時は砲術や大砲の技術の発達しつつあった時代であり、第一次大戦から第二次大戦で最盛期に達する。後知恵での評価は避けるべきだと思う。何しろ、第二次大戦で世界で最も空母の使い方が先進的であった日本が、欠点だけをあげつらわれて世界の大勢に遅れていたとか、わけの分からない評価が定着してる情況さえある。戦争に対しては偏った評価がなされがちだ。

当代の人たちは手探りで新式の技術を使っていたのだ。例えば、60年代には戦闘機にはミサイルだけで十分で機関銃は不要と見なされいたのが、ベトナム戦争でやはり必要と再認識されたケースなどがある。何が主流になるのかその時代では必ずしも予測できないし、旧来のものが慣れていて使い易いといったこともある。パソコンのソフトだってバージョンアップされても元のままでいいやなんてこともある(笑)。ポーランドなんか、第二次大戦開始時には騎兵を使っていた。まあそれが良いというわけでないが、逆に新しいものが良いとは限らないのは、共産主義国家の無惨さを見てもわかる通り。兵器の転換は慣れや資金の問題もあるから、なかなか難しいのだろう。とりわけ20世紀は、技術の変化発展が以前とは比べ物にならないほどに急激な時代である。後から顧みての評価は慎重にしないといけない。

乃木将軍の漢詩、「凱旋」

皇師百萬強虜を征す
野戦攻城屍山を作(な)す
愧(は)ず我何の顔(かんばせ)あって父老に看(まみ)えん
凱歌今日幾人か還る

これは勝ち戦ではあるが、あの項羽の最後の描写を思わせる

是に於いて項王乃ち東して烏江を渡らんと欲す。
烏江の亭長、船を・(ギ)して待つ。
項王に謂ひて曰はく、
「江東小なりと雖も、地は方千里、衆は数十万人、亦王たるに足るなり。
願はくは大王急ぎ渡れ。
今独り臣のみ船有り。
漢軍至るも以て渡る無からん。」と。
項王笑ひて曰はく、
「天の我を亡ぼす。
我何ぞ渡ることを為さん。
且つ籍江東の子弟八千人と、江を渡りて西す。
今一人の還るもの無し。
縦ひ江東の父兄憐れみて我を王とすとも、我何の面目ありてか之に見えん。
縦ひ彼言はずとも、籍独り心に愧ぢざらんや。」と。


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橘中佐-文部省唱歌

これも当然戦後は教科書から外されている。曽我兄弟の歌同様、講談社文庫の「日本の唱歌」で知った。
また、やはり動画サイトには見つからない。同名の軍歌はあるのだが、唱歌の方はない。

こちらのサイトに、ダークダックスの演奏で載っている。ただし、アクセスするだけでダウンロードされるので注意。演奏は素晴らしく、聞く価値は十分すぎるほどあるが。
また、こちらのサイトには楽譜と歌詞がある。

その歌詞

 橘中佐 (岡野貞一 作曲)

一、かばねは積りて山を築(つ)き、
  血汐は流れて川をなす、
    修羅の巷か、向陽寺(しやおんずい)。
    雲間をもるる月青し。
二、「みかたは大方うたれたり、
  暫く此処を。」と諫むれど、
    「恥を思へや、つはものよ。
    死すべき時は今なるぞ。
三、御国の為なり、陸軍の
  名誉の為ぞ。」と諭したる
    ことば半ばに散りはてし
    花橘ぞかぐはしき。


生々しい歌詞に綺麗なメロティーが付けられ、それを小学校4年生に歌わせていたというのも、面白いというのか不思議な気がする。日露戦争で最初の日露の陸軍主力の戦いとなった遼陽会戦での橘中佐の戦いを描いたもの。日露戦争は1904年2月に始まり、日本は遼東半島や朝鮮半島から陸軍を上陸させて、満州南部の交通の要衝、遼陽に東方と南方から迫った。日本軍13万に対し、ロシア軍は16万の軍勢で遼陽を守ろうとして戦いは起き、8月末から9月初めまで続いた。旅順攻撃に割かれた乃木大将の第3軍以外の部隊が参加している。

橘中佐(当時は少佐)は、日本軍左翼の第二軍第三師団歩兵第34連隊第一大隊長として参加した。それより前は東宮付きの武官として後の大正天皇の近くに仕えていたが、日露戦争が始まると第二軍付き将官として出征し、自ら前線での戦いを希望して大隊長となった。首山堡の戦いがあった8月31日は、大正天皇の誕生日であった。

遼陽南方前面には、首山~148高地~北大山と続く高地があって、遼陽防衛の最終ラインとなっていた。そこを占領すれば、遼陽が眼下に見られるという要地。グーグル・アースだとこの辺りか。右上隅が遼陽市、中央やや左が首山、その下辺りが148高地、向陽寺地名表示の上が北大山か。

31日未明、南方の第四軍、西南方の第二軍はこの高地に一斉に攻撃を開始したが、泥濘などに足を取られて進めず、橘少佐の部隊だけが、148高地に取り付いた。しかし、ロシア側の高地からの砲撃で甚大な被害を受け、少佐自身も致命傷を受ける。児島譲の「日露戦争」では、次のように記述している。

>[午前五時20分] 大隊長橘少佐は、「情況益々非ナリ」と判断して、突撃を下令して敵塁にむかって斜面をかけのぼった。飛弾が軍刀の鍔をくだき右腕を貫通したが、少佐は刀を左手にもちかえ、胸墻を躍りこえて敵壕に突入した。第四中隊、さらには第一、第二、第三中隊からも躍起する将兵がつづき、少佐は、その勢いを活用して、第四中隊長中村昌中尉指揮の約50人に、敵の第一塁を奪取させた。
・・・
>[午前五時45分] 橘少佐は、戦況を打開すべく、約20人をひきいて頂上をめざしたが、死傷者を斜面に残して第一塁に後退せざるをえなかった。
・・・
>橘少佐らがたてこもる第一塁には銃砲弾がふりそそいだ。
「伏屍累々山を被い、鮮血漾漾壕に満つ」
とは、軍歌「橘少佐」の歌詞であるが、この表現に誇張はなく、橘少佐は、突進のさいの右腕負傷のほかに腹部、胸部、大腿部に被弾した。
・・・
>橘少佐は、流血で「血達磨ノ如キ姿」で塁内に立ち、敵を撃攘せよ、現位置を固守せよ、と号令していたが、至近に炸裂した砲弾の破片で腰部をえぐられ、倒れた。
大隊書記内田精一軍曹は、・・・少佐を背負い下山した。
その途中、一弾が少佐の背から軍曹の胸部を経て左腕を貫通し、軍曹は昏倒した。
・・・
>この間、橘少佐は、しきりに戦況を訊ねていたが、午後六時30分、次のように遺言して絶命した。
「本31日ハ、皇太子殿下御誕生ノ佳辰ニ相当ス。斯佳辰ニ於テ予ノ戦死スルハ名誉ニシテ、又最モ満足スル所ナリ」


確かに、軍神と言われるに相応しい戦いぶりである。しかし、この攻勢は失敗し、戦線は膠着状態に陥り激戦はその日一日続いた。橘少佐の属していた第34連隊は、連隊長も死亡し、崩壊状態となるほどの打撃を受けている。歌詞の中にある、向陽寺(しやおんずい)は、北大山直前にある激戦地。
所がその間、日本側右翼にあった第一軍が、渡河してロシア側の左翼側面に回ったため、退路が絶たれる事を危惧したロシアの将軍クロパトキンは撤退を決め、9月1日未明、高地は日本軍が占領し日本側の勝利に終わった。

遼陽の戦いについてはこちらのサイトに図示されている。


しかし、歌詞の悲惨さに対して、ダーク・ダックスの歌い方の優しい事(笑)。全く軍歌風ではない。もう1つの「橘中佐」は完全な軍歌だけど、これは悲愴で重々しい。この歌は昔のニュース映画で、葬送行進曲のように使われてたのを聞いた気がするんだが、探しても見つからない。

最近ではこういったコーラスグループはあまり表に出る事がなくなってる。つまらないアイドルとかばかりが出ている印象。ああ、BABYMETALは別(笑)。昔はダーク・ダックスやボニー・ジャックス、あるいはアメリカのブラザーズ・フォーなんていうグループが活躍して、ヒット曲などもあったものだが。いつ頃からかなんだか音楽業界が歪んで来ている印象。

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曽我兄弟-文部省唱歌

これは学校では習っていない。戦後は削られたようだ。鎌倉時代の曽我兄弟の仇討ちを描いたもの。
私は、講談社文庫から出ている、「日本の唱歌」という本で知って気にいった。
ただ、これはどこの動画サイトを見ても無い。あってもなぜか消されている。同名の別の歌はあるのだが、唱歌の方のは見つからない。
こちらのサイトでメロディーが聞ける。ちょっとスピードが速いが。途中高く盛り上がるところがなかなか良い。
楽譜と歌詞は、こちらのサイトで。こちらには当時の唱歌をまとめてある。

一、富士の裾野の  夜はふけて、
  うたげのどよみ 静まりぬ。
  屋形屋形の   灯は消えて、
  あやめも分かぬ さつきやみ。
二、「来れ、時致(ときむね)、今宵こそ、
  十八年の    うらみをば。」
  「いでや兄上、 今宵こそ、
  ただ一撃に   敵(かたき)をば。」
三、共に松明(たいまつ) ふりかざし、
  目ざす屋形に  うち入れば、
  かたき工藤は  酔(ゑ)ひ臥して、
  前後も知らぬ  高 鼾(いびき)。
四、「起きよ、祐経(すけつね)、父の仇(あだ)、
  十郎五郎、   見参。」と、
  枕を蹴つて   おどろかし、
  起きんとするを はたと斬る。
五、仇は報いぬ、  今はとて、
  「出合へ出合へ」と 呼ばはれば、
  折しも小雨   降りいでて、
  空にも名のる  ほととぎす。


曽我兄弟の仇討ちというのは、日本三大仇討ちの一つと言われている。私の親の代はよく知っていたようだ。しかし、私は子供の頃は良くわからず、大化の改新の蘇我一族の事かなと思ったりしてた(笑)。今の人たちはほとんど知らないのではないか。

頼朝の政権が安定した1193年5月に行われた富士の裾野での巻き狩の際、曾我十郎祐成と曾我五郎時致の兄弟が、父の仇で幕府の重臣の工藤祐経を討ったという事件である。兄弟が幼い頃、所領争いで工藤祐経が兄弟の父の河津祐泰を殺した。母親はその後曽我家に再婚で入った為に、兄弟は曽我を名乗った。兄弟は工藤を18年間も付けねらい、遂に本懐を遂げるという話である。ただ、これには政治的な背景があるらしく、ただの仇討ちではないようだ。こちらのサイトに、いくつかの説がまとめてある。

問題になるのは、この仇討ちの際、多数の御家人が死んでいること、弟の時致が工藤祐経を殺したあと、頼朝の宿所に突進して頼朝をも殺そうとした事、事件後、頼朝の弟の範頼が幽閉され死んだ事、有力者の大庭景義などが失脚したことなど、一連の奇妙な事件が起きたことがある。実は曽我兄弟は、北条家に仕えていたらしい。北条家が頼朝を殺そうとした可能性はあるだろう。何しろ、この当時の武士なんて親子兄弟で殺しあってる。鎌倉幕府成立後も、数々の衝突が起こり、有力御家人が多数死んでいるし、頼朝自身も奇妙な死を遂げている。

最大の受益者が犯人だ、という論理を適用すれば、裏にいたのは北条家という事になるだろう。しかし、これの究明が難しくなる理由は、その北条家が、『吾妻鏡』を編纂し、これだけがこの事件を記述しているという事。これではどうしようもない。この難問から抜け出るためには、北条家の利益になる記述を全て捨ててかからないといけない。例えば、頼朝が、その気持ちに免じて時致を許そうとしたという記述とか。おそらくウソだろう。この事件を純粋な仇討ちにするための脚色だろう。兄弟の行動は、政権の転覆を狙ったものなのだろうと思う。しかし、もはや、そんな推測など、根拠となる資料などないわけだから、無意味に近い。背景にあるのは、源氏の武士団が棟梁の家系を含めて、お互い騒乱しあっていたということ、それに対して、北条家は一致団結して、幕府を維持していったという事である。それは良かったというしかないだろう。元寇にも適切に対処した。源氏のいい加減な血筋だったらどうなってたか分からない。源氏にも頼朝とか義家とか傑出した人物は出るが、どうも殺し合いばかりやってるし、源氏の流れの足利幕府を見てもなんだか頼りない。ただ、結果的には、北条家もそういった足利家、新田家に滅ぼされるのだが。



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朧月夜

冬景色と双璧をなす名曲かな


1.菜の花畠に、入日薄れ、
見わたす山の端(は)、霞ふかし。
春風そよふく、空を見れば、
夕月かかりて、にほひ淡し。

2.里わの火影(ほかげ)も、森の色も、
田中の小路をたどる人も、
蛙(かはづ)のなくねも、かねの音も、
さながら霞める 朧月夜。


まあ、誰もが良いというし、そうなんだろう(笑)。自分も時折口をついて出てくる曲だ。
しかし、ちょっと難しかったなあ、小学生には。自分の記憶では小4で習ったような気がするのだが、資料など見ると小6の教科書に載ってたらしい。
いつも、「山の端」を「やまのわ」と歌っていて注意されてた(笑)。わざとやってたりして。やまのは、って何、里わって何、にほひ淡しって何、とよく意味が分からなかった。名曲であるのは事実だろう。しかし、あまりリアリティを感じなかった曲ではある。

決して否定するわけではない(笑)。良い曲だ。
これにも田舎の美化は特に感じない。しかし、子供向けではなかったかな。大人を意識して書かれた歌詞だろう。かなり作られた歌詞だと思う。

また歌詞の狙いがよく分からない面がある。
「にほひ淡し」とか「さながら霞める 朧月夜」とか言いたい事はわかる。しかし、現実の田舎の生活でそんな感じを抱いたことはないなあ。夜になれば真っ暗で子供は必死に家に戻ろうとする。暗闇は怖かった。朧月を眺める余裕などない。というか、月が朧かどうかなんて気にしたこともなかった。地域性にもよるのだろうか。九州のガサツな人間には今ひとつ理解できない世界ではあった。

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冬景色

あまり音楽が好きじゃなかった自分が、音楽の時間で最初に好きになった曲。小学校5年だったか。



1.さ霧消ゆる湊江(みなとえ)の
舟に白し、朝の霜。
ただ水鳥の声はして
いまだ覚めず、岸の家。

2.烏(からす)啼(な)きて木に高く、
人は畑(はた)に麦を踏む。
げに小春日ののどけしや。
かへり咲(ざき)の花も見ゆ。

3.嵐吹きて雲は落ち、
時雨(しぐれ)降りて日は暮れぬ。
若(も)し灯火(ともしび)の漏れ来(こ)ずば、
それと分かじ、野辺(のべ)の里。


歌詞も曲もいい。
この歌詞の何がいいかというと、田舎をあまりに美化していない事。昔の唱歌には田舎の生活の美化があった。私は実際にド田舎に住んでいたので(笑)、そういった美化は気に障ったものだった。田舎の生活というのは、侘しいものだったのだ。ただ、それはこの曲が作られた明治大正と昭和の戦後との違いのせいかもしれないが。日本が高度成長時代に突入して、都会が栄える一方では、田舎は昔ながらの生活をしていた。サラリーマンの給与は増えても、米の収穫量や魚の水揚げが増えるわけではない。ただ、華やかになっていく都会を遠くから見ているという状況だった。

明治大正の田舎と都会の違いが実際どうだったのかは知らない。しかし、都会人が田園生活を美化し、憧憬をこめて描くというのは、近代西欧の文学作品でもあったことだし、唱歌に出てくる美化も似たようなものだったのではないかと。
「我は海の子」にある、「煙(けむり)たなびくとまやこそ我がなつかしき住家(すみか)なれ。」とか典型的。実際に貧しい家に住んでる人は、こんな暮らしから抜け出て都会に出たいと思ってただろう。

「おお牧場は緑」の中の「よくしげったものだ」。私はこのちょっとした言葉にも腹を立てていた(笑)。都会人にとっては草が繁茂するのは好ましいイメージなんだろう。しかし、田舎では雑草とか邪魔なだけである。庭も道も畑も草が生えまくるのだ(笑)。蛇やムカデも這い回ってたりして。

しかし、この「冬景色」は、田舎の生活をそのままに歌っていながら、それでいて詩になってるという所が良かった。特に2番なんかそのままだった。
また、3番の、

若し灯火の漏れ来ずば、
それと分かじ、野辺の里。


という所。ほんとにそんな村だった(笑)。夜に旅人が通りがかったら、気付かずに通り過ぎたかもしれないというような村だった。
ただ、この歌詞の中で一つだけ問題がある。それは一番の、

ただ水鳥の声はして
いまだ覚めず、岸の家。


の部分。漁村の生活はまだ暗いうちから始まる。僕ら子供が起きた時にはもう漁が終っていて、漁師は帰ってきていた。明るくなったのに、いまだ覚めず、はありえない。もし漁師を業としているならば。

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「侵略」表記も謝罪も不要-講和条約で戦争は終る

70年もたって延々と戦争への謝罪だの、歴史認識だのやってる。
異様としか言いようがない。
一体どこの世界にそんな例があるのか。
最近、ギリシャが経済危機を逃れるために、賠償をドイツに要求したりしてるが、あれは例外(笑)。
戦後起こった、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争、湾岸・イラク戦争でさえ、もはや話題にならない。
まして、太平洋戦争など、各国と講和条約、平和条約その他の基本条約を結んで戦争状態は終結している
スイスや南米など関係なかった諸国にまで賠償をしてる。必要以上にやってるとしか言いようがない。
唯一ロシアとだけ結んでいないが。最近の状況を見ると、進展しそうな気もするが。
いつまでも根に持っても良い事はない、だから講和条約で終らせようというのが人類の得た知恵だ。それを無視して蒸し返す勢力がある。普段、憎悪の連鎖は止めろ、なんて言ってる集団が率先してやってるのだが(笑)。

なぜそうなるかといえば、国内サヨクの活動のネタに戦後補償だのを言い始めて、中韓がそれに乗ったからだ
ロシア以外は、70年代で終ってる。
この手の戦後補償、あるいは、歴史認識、その他、731部隊、南京事件、慰安婦など全て80年代以降に蒸し返されている
知らない人にとっては、何か道徳的に必要に思えるのだろう。
そして、そういう人を騙すのに専念する人たちがいる。

しかも、中韓の首脳部でさえ、何か必要と思い込んでるようである。
中国とは、毛沢東、周恩来の中国共産党史に残る2トップと平和条約を結んだのだ。なのに最近の習首脳部は、犠牲者が3500万だの、強制労働がどうだの言いがかりをつけている。歴史の真実を見ろだとか(笑)。日本と戦ったのは、国民党。共産党は奥地に逃げてたというのに。真実に直面して欲しいものだ。むしろ、国民党が日本軍と戦ったから疲弊して共産党が勝利した面がある。実際、そんな事を毛沢東が言ったらしいが。だからか、賠償などなしで平和条約は結ばれた。そして、その後の日中友好の大騒ぎ(笑)。さらにその後の天安門事件後の天皇訪中。さんざん、やらせておいてこれだから、もう相手にする必要などない。

韓国は論外。日本のおかげで学校から水道から道路、など散々インフラを作ってもらい、さらに65年の基本条約で年間予算の3倍もの賠償をもらい、造船所や鉄鋼工場など作ってもらって産業国になったのに、延々と賠償請求をしている。

これらの2国とは、もはや国交も必要ないと思うのだが。
日本にメリットなどない。輸出できる資源もないし、伝統も無ければ、文化もない。中国には一定の史跡があるが、もう危険で行く気はしない(笑)。

他のアジアに関しては、独立できたのは日本のおかげとしかいいようがないだろう。どこの独立軍が、プリンスオブウエールズやレパルスを撃沈できるのか。また日本の武器や軍人の指導があったから旧宗主国と戦えたというのは、彼ら自身が言っている。第一次大戦でトルコが敗れたから、支配下にあった中東諸国は独立できた。太平洋戦争で欧米が一旦は支配体制を壊された結果、東南アジア諸国は独立できた。どちらにも関わらなかったアフリカは60年代まで待つ事になる。


問題は、日本が置かれた微妙な立場なのだ。
他のアジアと全く違って、先進国となり西欧と張り合ってたために、
1.日本が唯一西欧との直接的な対立をしたということ。
2.中韓の嫉妬を買っていたということ。儒教思想的に許せないのだ(笑)。
3.また、他のアジアにしてみれば、金のなる木だったということ。
4.これらの状況を国内サヨクが利用して混乱をもたらしたということ。


つまり、国内サヨクが日本を非難してる限り、西欧は自分らの過去の侵略や人種差別、他民族の虐殺から目を背けられる。何しろ、こいつらは、西欧の植民地の事なんか一言も言わないからね(笑)。
中韓は、日本非難が正しいかのように思うことが出来る。他のアジア諸国は慰安婦問題などで、賠償が得られれば、無いよりはマシになる。日本だけが当時世界を支配していた欧米と戦ったというのに、あまり感謝の言葉が出てこない。中国なんか、植民地で西欧の手先になっていたというのに、そんなのに遠慮している。過去の政治家は言ってりるが、現在の政府関係者は言わない。まあ、力関係が絶対的な要素とは言え、善悪の問題も気にかけて欲しいものだ。どこか勇気のある国が言うべきだろう。

実に微妙な立場に日本はずっといるのだ。そして、これを国内サヨクが利用している。
諸悪の根源はこいつら。

テーマ : 歴史認識
ジャンル : 政治・経済

最近のサヨクの異様さを考えてみる

ま、もともと異様だったには違いないが(笑)、最近は更におかしくなっている。まとめると、

1.どのセクトも主張が似ていて同一歩調を取っている
2.それらの主張がどれも中国を利するように見える
3.安倍攻撃をなりふり構わずにやっている
4.発言のレベルが低く、世界情勢を無視して日本の事だけを言うようになっている


こんなところか。そしてその理由は、背後に中国がいて資金面、方向性の面で指揮してるから、というのが私の結論。まあ、誰でも感じてることかもしれないが。
ここでいうサヨクというのは、共産党、社民党、民主党、その近辺のシンパ、一部のマスコミ、維新の会や地方の首長の一部などを含むある集団。おそらく、今からそう遠くないある時期(10年~20年前)から中国の指揮下に入ったと思う。

1、セクトについて
かつては、各セクトが主張を表に出し合い、また内ゲバもしょっちゅうやっていたものだが、最近はなくなった。そしてデモなども一緒にやっているように見える。昔は民青系と反日共系は犬猿の仲だったものだが、今はどうもデモなどを一緒にやってるようだ。よくは知らないが。SEALDsとか言うのも民青中心らしいのだが、そうでないのもいるように見える。少なくともいがみ合ってはいない。

内ゲバで殺しあえとは言わないが(笑)、そもそもセクトに分かれたんだから、主義主張は違うはず。なのに、言ってることが、辺野古反対、オスプレイ反対、秘密保護法反対、集団的自衛権反対、とみんな同じだ。何か独自な主張をするセクトがあってもいいと思うんだけど、みんな同じに聞こえる。自分が不注意なだけなのかな?


2.中国の利益について
上記の主張に沖縄独立論を入れたら、全てが中国の利益になる主張ばかりである。これらが達成されたら、中国は大喜びだろう。偶然の一致だろうか。なんでサヨクは揃ってオスプレイ反対を言うんだろうか。あれはただの輸送機だ。「人を殺す」航空機ではない。それに文句いうのなら、戦闘機や爆撃機にもっと言えばいいだろう。しかし、聞いたことがない。オスプレイ反対ばかりを聞く。

事故が多かったというが、ヘリの一種で、新しい形態なんだからしょうがないだろう。ジェット機にしてもロケットにしても最初は失敗の連続だ。しかも、オスプレイの事故率は全然高くないらしい。

最初のジェット旅客機コメットの連続事故の記録 → youtube
ロケット最初期の事故の記録 

あらぬ方向へ飛んでいくロケットをみて、開発者達は何を思っただろうか。しかし、こんな失敗の連続の上に今の我々の生活はあるのだ。気象予測、衛星放送、国際通信通話など。他のどんな試みだって同じだ。失敗はつきもの。しかし、オスプレイでの大事故とか聞いたことはない。

事故率で攻める事が出来なくなると、騒音がどうだとか低周波がどうだとか、大した理由でもないことでしつこく非難を続けてきた。もっと安全なものに改良せよとか、もっと優秀な機体にせよとか、他に言いようはあっただろう(笑)。しかし、非難・否定・攻撃ばかりであった。まさに目の敵である。なんで? 意味が分からない。

しかし、意味はあるのだった(笑)。オスプレイは唯一尖閣諸島に空輸できる航空機だった。滑走路はないし、他の島からは遠く、まずヘリではいけない。このオスプレイだけが、空輸が可能だった。中国にとって困る機体だったのだ(笑)。目の敵にされるのも当然。サヨクが、中国の指揮に従って動いていないというのなら、直ちに、オスプレイ反対を降ろすことだ(笑)。

近々、自衛隊も導入するようだが、自衛隊の持っている機器で一般人にとっても役に立つ筆頭になるのではないか。島が多く、また災害も多い日本にはなくてはならないものになると思う。ヘリよりスピードは速く、航続距離はあり、積載量は多い。しかも滑走路がなくても利用できる。固定翼機とヘリの良いとこ取りである。

ヘリは空中に浮くためにもエンジンで回転翼を回す必要がある。しかし、オスプレイは前進する際に発生する揚力で支えるから、その分燃料は食わず効率がいい。このタイプが発達して旅客機にもなったら、狭い土地にも飛行場が作れる。長い滑走路が不要になるから、辺野古なんかでしきりに自然保護を訴えてるサヨクさんたちも賛成すべきではないだろうか(笑)。まだ通常の旅客機に比べたら積載量は少ないが、最初期の旅客機だって、1ケタ台の定員だったし、最初のジェット旅客機コメットにしたって定員は36名である。発展の余地はあるだろう。

3.安倍攻撃について
オスプレイ攻撃と並んで最近のサヨクに特徴的な行動。この関係の騒ぎは数え上げたらキリがないだろう。
どんなものをも安倍攻撃に結び付けている。そして、ある件が終るとまるでそれは無かったかのように何も言わなくなり、次の件で攻撃する。おそらく、これは中国からの指示に従って、攻めるのも引くのも一斉に行動してるのだろうと思う。全部の組織が同じような行動を取っているのだから、独自に判断してるのではないだろう。何か統一的な司令部があるはず。

最初は、第一次安倍政権の半ばから始まった。国民年金問題だった。しかし、あれはその前からの問題であって、特に安倍政権の責任とは言えなかったのだが、マスコミ・野党、そして当然国民も巻き込んだ大騒動となり、安倍政権への責任追及が行われた。この問題は内部からのリークが無ければ分からない種類の問題であるし、おそらく、この問題自体が安倍攻撃の狙いで企画されたと思う。多分、それまで中国側は様子をみていたのだ。で、コントロールできないと見て、国内サヨクが使われた。さらに、当時のアメリカのブッシュ大統領、ライス補佐官の取り込みも行われたと思う。

その後、第二次政権の直前には、3500円のカツカレー事件(笑)、後には大雪の夜の天ぷら事件(笑)、国債紙くずにになるぞ、ハイパーインフレになるぞ、円暴落だぞ、と散々マスコミで攻撃が行われた。秘密保護法、そしてあのイラクの2バカ事件。
アベが殺した、なんてとんでもない攻撃が行われた。そして、AIIB不参加への批判、さらに今回の集団的自衛権その他についてのデタラメな宣伝。おそらく、中国にとってはかつてない種類の政治家なんだろう。調略が効かない(笑)。しかも、岸などの保守の本来の流れを取り戻そうとしている。現在の中国にとって最悪の敵の一人なんだろう。

今までにこれほど国内サヨク総体の攻撃の的になった政治家がいただろうか。祖父の岸も批判はされたが、あれは安保問題だけだったと思う。安倍首相は、食い物から何からありとあらゆる攻撃を受けている(笑)。やや近いのは石原慎太郎か。石原やめろネットワークとか作られて、常時批判をする勢力がいた。ただ、政権中枢ではなかったから攻撃はそれほど酷くはなく、あくまで政治的スタンスの違いという意味での批判のようにも見えた。あと、ペルーのフジモリ大統領も、直接日本との関係は無いにも関わらず、国内サヨクの執拗な非難を受けていた。あれは不思議だった。ペルーのゲリラを射殺したとは言え、あれほど国内サヨクの攻撃を受けるというのが理解できなかった。今から思えば、何か中国の邪魔になる面があったのか。

安倍首相はもはや、サヨクにとって絶対的な敵である。それは中国にとって困る政治家だからだ。とりあえず今の焦点は南シナ海、そして集団的自衛権。これが確立され、シーレーンの安全が確保されることは、日本にとっての文字通りの生命線である。一方で、中国側から見たら、東南アジア・東アジア支配への要石を失う事になり、更に海への進出が止まってしまい、包囲された状態に落ちいることとなる。この前後、1、2ヶ月は、日本にとっての重大な節目になる時期であると思う。


4.最近のサヨクのレベル低下について
ちょっと書きにくい事ではあるが(笑)。
昔は、高学歴の人ほど左翼的傾向になるといわれていた。全学連なんかまさにその表れ。しかし、最近はどうもその傾向が薄れているようだ。朝日新聞の新入社員に東大卒がいないという衝撃的な(笑)ニュースが流れたりした。また、最近一部で話題の、SHEALDsという反安倍の学生集団もそういったトップクラスの学校はいなさげである。学校関係者には失礼な話ではあるが、和光大学とか明治学院大学とかあまり高偏差値とは言えない大学の名前しかてこない。共産党が必死にリクルートしてもそれぐらいしか集まらなかったようだ。

それに応じてというのか、言ってる事が何だか下らない。最近驚いたのはこれ。
2015062103_01_1.jpg

"War is over"-戦争は終った
はあ? 何の話?
どこの世界の話なんだろうか。この人たちが住んでるのは太陽系の第3惑星地球じゃないんだろうか。
オスプレイ反対もアベが殺したも不可解だったが、理由をこじつけられないわけじゃない。しかし、これは理解不能(笑)。さっぱり分からない。戦争は終るべきだとか、戦争はしてはいけないとか、戦争よ終われ、とかなら分かるが、これは意味不明。しかも何だか楽しげに笑ってるし。何かの病気なのかね。英語でわざわざ書いて外国の人にも読めるようにしているが、誰も意図が理解できないのではないのか。不思議な集団が日本にはいるとしか思わないのでは。毎日のように自爆テロなどが起きて数十人が死んでる中東あたりの人がみたらどう思うのだろうか。そういった事は考えないのだろうか。

(日本に関しては)戦争は終った、といいたいのだろうか。しかし、誰も未来は予測できない。どこかの国が攻めてくるかもしれない。世界中の人類の思考をコントロール出来てるつもりなのか? 自分達を神様だと思ってるとか?(笑) 仮に何かの方策で日本が戦争から免除されたとして、じゃあ、他国で何が起きようと、どれだけ虐殺されようと無関係だというのだろうか。安倍首相の難民支援への非難を聞いてると、なんだかそんな感覚のような気もするが。最近のサヨクの魂胆の浅ましさには呆れるのだが。

昔は国際連帯を強調してて、キューバのサトウキビ農場(?)だったかにいって働こう、なんて運動もあった。ベトナムに平和iを市民連合なんてのもあった。背後には何がいたかは知らないが(笑)。世界中に革命を波及させようという永久革命論なんてトロツキーの主張が支持されたりもした。ゲバラは他国にいって革命運動に加わった。そういうのが良いと言う訳じゃないが(笑)、日本さえ安全なら他国がどうなろうと、中東の避難民がどんな暮らしをしようと関係ないとかいう態度よりはよほどマシじゃないのか。最近は外国の情勢とかは全く無視して、日本の安全だけを主張するようになっている。パレスチナの事すら言わなくなってるような気が。スーダンとかウクライナとかについても言わない。うっかり外国との連帯とか言い出すと、チベット人虐殺とかの話にも関連してくるから、中国様から外国には関係しないように言われてるのか? あるいは、中国の利益になることだけやれ、と厳命されているのか。指導層の意向そんな事かもしれない。しかし、一般層はそういった事に何か疑問をもたないのか。サヨクも堕落したものだ。

(追記9/23)
ちょっと遅くなったが、We will stop 問題(笑)。
SEALDSのツイッターにあったらしい。

SEALDs_eng ?@SEALDs_Eng 7月10日
WE WILL STOP!!!!
#NoWar #Japan #Tokyo pic.twitter.com/xf6P4q6HM1


「私達は止まる、立ち止まる」
止めると言いたいらしいんだが、ちゃんと目的語入れないと(笑)。stopには自動詞と他動詞がある。
この辺りの注意は中学でやるはずなんだが。有名な例文、

He stopped smoking. 彼は喫煙するのを止めた。
He stopped to smoke. 彼は煙草を吸うために立ち止まった。


前者は他動詞、後者は自動詞+to不定詞(副詞的用法)。
英語能力がおかしいのに、なんで無理に英語を使うんだろう。SEALDSのプラカードは英語ばかりなんだが。

ところで、SEALDSというのは、志位(共産党委員長)の子どもたちって意味らしいんだが(公式には否定だろうけど)、まさかとは思うが、child の複数形、childs とは思ってないよね(笑)。まさかね。ないよね(笑)。



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