集団的自衛権を否定してる国など存在しないー安倍さんGJ

国連憲章第51条
「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、・・・・個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」

国連憲章に明記している通り、これは国家の「固有の権利」(固有というのは、本来持っている、という意味)である。あの九条信者お気に入りのコスタリカでさえ保有を当然として米州条約に加盟している(笑)。この国には緊急の場合の徴兵制さえ設定されている。またこの国は、日本が真珠湾攻撃をすると、あんな小国でありながら、なんと米国に先駆けて日本に宣戦布告したという、あっぱれな見上げた国(笑)。いざと言うときは味方に対し、はっきりとした態度表明をするという、集団的自衛権の見本のような尊敬すべき国である。日本はほんとにコスタリカを見習うべきだろう(笑)。

安倍首相は、諮問機関の答申を受けて今後保有する意向を明らかにした。→日経新聞魚拓
こんな当然のことが議論になること自体おかしい。

個人で言えば、誰かに襲われた時身を守るのは当然であって、国家で言えば、それが自衛権。抵抗しちゃいけないなんて、誰にも言う権利はない。殺されたいのなら勝手にすればいいが。しかし、体が弱い、幼い、女性や子供でそれだけの力がないと言う場合、他の誰かと仲間をくんで守るしかない場合があるだろう。それが否定されるはずはない。まさに弱者の権利でさえある。だから、弱小国は大概同盟を組んで安全保障としている。ところが、日本の偽善者連中(あるいはどこかの国の手先)は、これを否定するのだ。おかしな話なことだ。弱いやつは一人きりで殺されろ、とでも言うのか。自分を守るのに、一人きりで守らないといけない、なんて誰にも決める権利などない。ゾウやシマウマだって集団で自衛してるではないか(笑)。この世の原則とさえ言える。

日本が助けられるのは良いが、助けてはいけない、というのだろうか。そんな論理がこの世で通用するはずがないではないか。そんな身勝手な主張など、人でなし、人非人の論理である。映画なんかにあるように、どんな弱い人間であっても、場合によっては武器を手にいれて最後の瞬間に敵を倒すことだってあるだろう。なんらかの役に立つこともできるのだ。それも否定するのか。

集団的自衛権など、世界でごく当たり前、いわゆる自然権の扱いであって、憲法などに先行する権利である(※注)。憲法があろうとなかろうと、国家ができた時点で、あるいはなんらかの「くに」ができた時点で、自衛権は生じている。そもそも権利と言うのもおかしな、自然な反応に過ぎない。弥生時代のくに同士の戦いや(確か邪馬台国を盟主とする同盟ができている)、元寇など良い例だ(笑)。どうしても反対したいのなら、個別的自衛権も含めて反対すればいいだろう。勿論自衛隊も認めないってことで。個別的自衛権は認めて集団的自衛権は認めないなど、非論理である。

現行の憲法は、アメリカが日本を押さえるためにでっちあげたものだから、そのせいで混乱が生じてる面はあるが。しかも国内サヨクがそれに乗じて、周辺の共産国の利益を図ろうと非武装を何か至高のものであるかのように宣伝したせいで、ある種の洗脳、思いこみが生じてしまった。韓国が竹島を占領したのは、まさに日本の非武装の成果。北朝鮮による拉致に全く手が打てなかったのもその関係。国家の最低限の義務である、国民・領土を守ることさえできなくなってるのはこの欠陥憲法のせい。アメリカが日本懲罰のために押しつけた手かせ足かせ、敗者への拘束具、ball and chain なんだから始めの内はしょうがなかったとして、未だに温存し、それどころか信仰してるのがいるのがおかしい。奴隷が、自分につけられた鎖を見て、全員がこれをつければ世の中平和になるとか思ってる状態。さっさと廃棄すればいいのだ。アメリカは朝鮮戦争が起きた時点で変心していて自衛隊作らせてるし(笑)、とっくの昔にいらないと思ってるだろう。

愚劣な議論としか言いようがない。やっと安倍首相のイニシアチブでまともな国家になりつつある。支持する以外に手はないだろう。中国なんかの手先以外は。

(※注) たとえば、イスラエルは国連のパレスチナ分割決議を受けて、1948年5月14日に独立宣言、15日、イギリスの委任統治から独立した。周辺アラブ6カ国は15日午前0時を期して、一斉に攻撃・侵攻を行ったが、イスラエルは直ちに自衛戦争に入り撃退した。アラブ側は航空機と戦車からなる機甲部隊をもって侵入したが、ライフルと火炎瓶のイスラエル側に敗れた。イスラエルの憲法にあたる基本法が出来たのはそのはるか後、58年である。また第二次中東戦争では、英仏と組んで戦ってるが、それも基本法が出来る前のこと(56年)である。

インドネシアは、45年8月17日独立宣言、スカルノを首班とする政府を作って軍隊を設置した。その後アメリカに代わり進駐した英軍、その後増強されたオランダ軍と散発的な戦いとなった。46年11月の停戦後、オランダは一旦は認めたインドネシア側領土を国連の勧告をも無視して攻撃占領し続けたため、国連やアメリカはオランダに強い圧力をかけて、1949年独立を認めさせた。憲法が成立したのは、翌50年。憲法が国のすべてを決めるわけではない。

アメリカ合衆国は独立宣言が1776年、その前から独立戦争に入っていたが、その後憲法が制定されるのは87年、施行されるのは89年である。フランスがアメリカ側に付いて参戦したのは78年、もちろん憲法制定前である。事情は若干異なるとは言え、憲法など絶対的な前提条件ではない。

日本の明治政府だって、帝国憲法施行前から、各国と条約を結び、台湾に出兵している。言うまでもないことだが、明治政府が直ちに手をつけたのは教育制度や軍制、産業育成であって、憲法など大分あとになっていやいや作ってる(笑)。欧州に見学に行っても、憲法の必要性は感じなかったらしい。まあそれが実際的な対応だろう。国家に絶対に必要なものではない(国家の定義に憲法の有無は含まれない、当たり前だが)。アメリカ以前には無かったものだし、イギリスには今でも無い。今の日本で憲法憲法と騒ぐのは、特定の政治勢力が日本の自衛権を抑圧することを狙っての事である。(※注終わり)

「憲法を守れ!」と叫ぶ人に言いたい。「なぜ、守らなければならないの?」と(笑)。「それって当時の人が決めただけでしょ(本当は押し付けだが)。今の国民には権利はないの?」と。私たちは、過去の人間の奴隷かね。だったら、十七条の憲法でも、大宝律令でも、御成敗式目でも、慶安のお触書でも、武家諸法度でも、禁中ならびに公家諸法度でも(笑)守ってればいいだろう。勿論帝国憲法でもいいが。

ほんとに愚劣としか言いようがない。少しは日教組の教師に習った通りに考えるんじゃなくて、自分で考えたらどうなんだろうか。

ま、そんなことよりは、babymetal の すばらしいパフォーマンスを(笑)。



最近は、ギミチョコとか、紅月とかのヒット曲もでてきたみたいだけど、私ははじめの頃の、ドキドキモーニングとか、イイネ、とか、イジメダメとかヘッドバンギャーの方が若干好きかな。キツネー、キツネーとかのアイデアも面白いとは思うけどね。
41分以降の、リアルバンドの登場以降の音の厚みやメンバーの緊張感はすばらしい。まあ、なるべく長くやってくださいと言うしかない。

と書いてた映像は消されたので、別の映像に変えた。
イジメ、ダメ、ゼッタイ、をリアルバンドをバックに歌ってるのだけど、バンドも多分全力でやってる。特に3分前後のドライブ感はすごいが、スーメタルの強靭な声と二人のダンスでしっかり受け止められてる。この曲自体がなかなか面白い。イジメはダメ、というありふれてるとしか思えないテーマがちゃんとした歌になってるのと、アイドルとして魅力発散が両立し、さらにバンドも力を発揮出来ているのがいい。なかなかのものだと思う。

またまた、消されてしまったので別のを(笑)。megitsune
ボーカルが、上手いというのとはちょっと違うのかもしれないが、あんなバンドをバックに平然と歌ってるのがすごい。
ずっと声が支配的ってのがいい。ドラムもだけど。

あのバンドに乗せてるスーメタルの声がすばらしい。
やまとなでしく、って、連用形なのか(笑)
私は、ストーンズから、ディープパープル、ツェッペリン、X Japan といろいろ聞いてきたけど、ボーカルがこれほどすばらしいロックの演奏は、ちょっとない。
クリームのジャックブルースぐらいかなあ。



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イブリー・ギトリス演奏会@紀尾井ホール5/6

ギトリスのVn演奏会に行ってきた。(これは2014年5月6日の時のものです)
席は舞台のそでの二階、演奏者を上から見下ろす位置。
まずはじめに出した音のふくよかで豊かな響きにびっくりした。録音で聞いてるものとはやはり違う。
中高音は流麗で、高音は繊細。
ただし、席の具合なのか、音量は弱く聞こえてない時もあった。
また、やはり年のせいなのか、速いパッセージでは若干心もとない印象があった。

1曲目はヒンデミットのVnソナタ、op11-12楽章制、第二楽章の幻想的な雰囲気がおもしろい曲だった。ギトリスは弱音で、しかし表情豊かに弾いてた。第1楽章は現代音楽風に入るのだが、途中叙情的な旋律も出てきていて、そういうところの繊細さがよかった。

2曲目は、ベートーベンの「春」ソナタ
第2楽章の歌心、第4楽章の流麗さが印象に残った。ただ、第1楽章の速いパッセージではやや心配な感じ。第1楽章は立って弾いて、第2楽章から座ったのだが(他の大部分の曲も座って弾いた)、そのとき、伴奏者が譜面台を下げてやっていた。なんだか、人の良さそうな人で、譜めくりの人に合図を送るときも笑顔でタイミングを知らせていた。

以上で前半終わり。
休憩のあと、伴奏者によるピアノソロが2曲
コミタスの「春」
全く知らない作曲家。パンフレットによると、トルコに生まれたアルメニア人。教会音楽を作っていたが、第一次大戦の時に、トルコ政府の弾圧にあい収容所に入れられ、生きて出られたものの精神を破壊されたらしい。
まるで、尽きることのない嘆きのように、地を這うようなメロディーが繰り返される。

ハチャトリアン「トッカータ」
私はどちらの曲も知らなかったので、すぐに続けられたこの2曲は、前奏曲とトッカータのような一つの曲かと思ってしまった。実際、そんな狙いでくんだのだろう。
こちらは、前の曲とうってかわって、フルボリュームのジャジーな印象の派手な曲。所々民謡風なメロディーが入る。

このハチャトリアンもアルメニア人なのだが、実は伴奏ピアニスト、ヴァハン・マルディロシアン自身がそうらしい。自国の作曲家を紹介する意味で選んだのだろう。演奏者としては非常に良い印象を受けた。この二曲もよかったが、その後の小品集でのあわせ方が柔軟でしかも着実。音色も柔らかく綺麗。CDで出ている小品集の「ギトリス名曲アラカルト」の伴奏者は、この人に比べたらちょっと固くて一本調子な印象がある。

この後が、お待ちかねの小品集プログラム。ピアニストと話し合いながら、聴衆に冗談をいいながらリラックスした感じで進めていく。残念ながら私はあまり聞き取れなかったが。1階席の聴衆は沸いてたのだが、2階席はあまり反応がなく、ほかの人もあまり聞き取れなかったのかもしれない。聞き取れたのは、チャウシェスクじゃなくて、チャイコフスキーだよとか、伴奏者はまだ40歳だよ(ええー?という反応(^^;)、みたいなところ(笑)。

1曲目はパラディスのシシリアンヌ
叙情的な佳品。とてもよかった。ふと陰る部分の表情の付け方などすばらしい。

2曲目は、ブラームス、F.A.Eソナタよりスケルツォ
これは速いパッセージの曲なのだが、しっかり固めの響きで弾いてた。

3曲目、チャイコフスキー、なつかしい土地の思い出、op42
これもよかった。叙情的な曲は良い。まさに何かを語るように弾いている。満足した。できれば「感傷的なワルツ」をやってほしかったが。

4曲目、パガニーニ、カンタービレ
これはあまり記憶にない(笑)

5曲目、クライスラー、シンコペーション
かなりアクセントを強く、おどけた調子で弾いていた。特に最後の音を思い切り引っ張ってはじいて笑いをとっていた。

6曲目、マスネ、タイスの瞑想曲
ここらで、タイスかロンドンデリーエアーでもやってくれないかなあと思ってたら、ほんとにそうなった。これは良かった。こういうのがいい。ピアニストもよく合わせていた。

7曲目、クライスラー、美しきロスマリン
これもCDにあるとおり良かった。

ここでプログラムは終わり。この後アンコール
1曲目、ブラームス、Vnソナタ3番、スケルツォ
東欧風というのか、メランコリックな舞曲。

2曲目、成田為三、浜辺の歌、Vn独奏
タイトルはいわなくて良いでしょう、みたいなことをいってひき始めた。やや速いテンポの、半音階を多用したちょっと変わったアレンジだった。本人のものらしい。その場での即興っぽい感じもしたが。これらの小曲は終わるごとに二人で並んで拍手をうけてたのだが、この曲は独奏ということで、ギトリスがしきりに誘っても伴奏者はノーノーみたいな感じで立ち上がらず、座ったまま拍手をしていた。

3曲目、クライスラー、愛の悲しみ
定番曲。後半、名残を惜しむかのように、非常にゆっくりしたテンポで弾いていた。

これが終わった時点で、もう終演だなという感じだったが、聴衆はほとんど残って拍手をしていた。数人が時間の関係か帰ったが、舞台上のギトリスに手を振りながら帰った人もいた(笑)。始まってから、2時間15分ほど。

前にも書いたが、この人の演奏は何か言葉を裏に持って演奏していると思ってたら、今日のパンフレットに、ギトリスの言葉としてそんな事が書いてあったので、引用。

「誰であれ「芸術家」と呼ばれる人間は、何かの物語を伝える能力を持っています。彼が感じ、彼が想像することを語る。芸術家はそれらを胸に秘めていることはできないのです。外に伝えねばならない。だから私は音楽家であって、自分が弾くことに何があるのかなど、考えていません。」

この言葉はギトリスの音楽から受ける印象そのままである。私は彼の演奏を聴いていると、何かを語りかけられていると感じる。他の演奏家ではそんな事はあまりない。曲の善し悪し、有名無名、演奏家の技術の上下、そういうものとは別の何か違うものがある。他愛の無い小曲でも、というかそういう曲だからこそ明瞭に感じる。大曲はむしろいらないとさえ感じる。そういう意味で格別な演奏家である。

ただ、やはりもう90数歳。もはや限界かもしれない。とりあえず実際に生で聞けて良かった。

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