ドイツで与党敗北、右派政党進出

まあ、実に結構な事だ(笑)。
9月24日の連邦議会選挙で、与党2党は敗退し、あらたな政党、AfDが初めて国会に議席を得た。

以下、NHKのサイトから引用、→ 魚拓魚拓

選挙前はこうだった
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それがこうなった
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与党の上位二党は、議席数は500を超えていたのに、選挙後は400を切った。しかも定数は増えてるのに。
割合で見ると、選挙前は (309+193)÷630≒0.8
選挙後は、(246+153)÷709≒0.56
つまり占有率が、80%から56%に下がっている。減少率は、56÷80=0.7、つまり3割減っている。
戦争では3割が死傷すると全滅判定らしい(笑)。ま戦争とは違って死傷者の世話はしなくていいとは言え、大敗であるのには間違いない。で、SPD社会民主党は下野して与党から外れるとか。メルケルは過半数の355を得るためには、100以上を別の政党からもってこないといけない。緑の党と、自由民主党が交渉の対象らしいが。

問題は、AfD「ドイツのための選択肢」。わずか4年ほど前に創立された政党が第三党になった。これは欧州の各国で見られる現象。イギリスの独立党も、フランスの国民戦線、デンマークやオーストリアの右翼系政党すべて、せいぜいこの3,4年で支持を伸ばしてる。理由は難民の流入に決まってる。EUの理念が間違ってるとしか言いようがない。人間の生理に反する理想を掲げるのがいけない。理想を掲げるのが立派な事だ、人類の進歩のために必要な事だという無条件の前提が間違ってる。理想を掲げてそこに向かって進めば素晴らしい世界が出来る、という考えが病気なのだ。実際にそれを信じたのであろうポルポトのカンボジアは、理念に合わないと思われた人間を3分の1も殺してしまった。人間はDNAの束縛からは逃れられない。絶対に無理なことなのだ。共産主義も、それから派生したフランクフルト学派(ここがEUの基本理念の発祥の元らしい)も、DNAの事は知らなかった。神が他の生物とは全く別個に、自分の姿に似せて作ったものだという前提があったのだろう。そうでないと、原始共産制なんて阿呆な事は考えない(笑)。餌を取り合ってた動物からそんな体制など生まれるわけがない。神によって突然この世に産み落とされた純粋な人間だから、お互い必要なものを分け合って生活してたはずだ、とか考えたのだろう。それ以前の動物との連続性は全く考慮されていない。猿人や原人や旧人とも。いきなりこの世に現れたと思い込んでのただろう。そして原始共産制を始めたと。妄想である。まあ19世紀の考えとしては悪くないとは思うが(笑)。帝国主義の時代にね。立派な考えではあったのだろうけど。現実には合わない。

しかし、まあ重すぎる話であるなあ。
続く





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アメリカのポリコレ狂いはどこまでいくのか

この前、南軍のリー将軍の像を撤去するしないで人が死んだんだが、こんどはなんとコロンブスも問題視され始めたらしい。それってアメリカの自己否定に繋がるのではないのかな? → 魚拓

>さらに最近は、先住民の土地を奪い虐殺したなどとして、歴史的評価が分かれるコロンブスにも矛先が向かっています。メリーランド州のコロンブスの記念碑が何者かによってハンマーで破壊される様子の動画が公開されたほか、テキサス州ではコロンブス像に赤い塗料がかけられる事件が起きています。
> そんな中、ニューヨークでは、市の当局者が記者会見で、コロンブス像を撤去すべきかどうかを検討する必要があるとの考えを示したのです。
>「彼は残虐なのに通りや広場に名前がある。撤去すべき」(広場を訪れた人)


コロンビア大学とか、コロンビア特別区とかどうするんだ(笑)。
まあ、確かにコロンブスは残虐な事をやったらしい。今のハイチやドミニカ共和国のあるエスパニョーラ島は、現地人が皆殺しにされたはず。コロンブス自身が全部やったかはしらないが。
しかし、コロンブスだけではなくて今のアメリカ人の祖先はみんな多少なりともやってるはずだが。西部開拓自体、その要素なくしではあり得ない。あれは全くの侵略なんだから。昔の西部劇では、騎兵隊が来てインディアンを撃ち殺すのがクライマックスで客はそれを見て満足して帰ったはずだ。インディアンは害虫のような扱いだった。彼らにも家族があり、水や食料を手に入れるための労働があり(農耕をやってたし)、子供や病人の世話をしていたのだ。襲撃專門の野盗集団ではない。むしろどちらかと言えば白人がそれだった。60年代まではそんな映画が普通に作られていた。そんなに昔の話ではない。

ま、賛美するのは別として、否定してもしょうがない。そもそも自分らがそこに住んでる最初のキッカケになった人だし。それにそんな事を言ったら、歴史上の偉人なんか大概そういった事をしているんだが。アレキサンダーからシーザー、ナポレオン、ヒト(略
更に言えば、生物ってものは生存競争の結果、現在存在している。現生人類だっって進化の過程でどれだけ他の種や霊長類を絶滅させたか分からない。最終的な勝者が人間なのだが。今のアメリカ人もインディアンを抹殺してその豊かな大地を自分のものにして繁栄しているのだが。

大体、シンボルを廃棄すればそれで免罪されるかのような主張がおかしい。日本でも最近ではあまり聞かないが、ちょっと前までは日教組辺りのサヨク教師が国旗国歌反対の運動をやっていた。日本は「アジア諸国」を侵略してそのシンボルとして使われたのが国旗国家だから、使うのはおかしいとかって話しだが、別に国旗国歌が歩いていって人を殺したわけではない。殺したのは日本人、君らの祖先なんだがね。否定するなら自分を否定すればいいだろう。自殺するなり、外国にいって日本的な属性を全部捨てればいい。国からの恩給も返上しろ。そんな真摯な反省は一切しないでおいて、自分の腹は全く痛まない国旗国歌を否定して、ウチらは進歩派でござい、良識派でございと自慢して何の意味があるのか。ママゴト遊びといったらママゴトに失礼なレベルだ。反省してる振りをするには、一番手頃なのは分かるが(笑)。誠実そうな言い方をして一番楽な事をしている。善人、正義派のポーズを取ってるだけではないか。しかも他の日本人を、反省が足りないとかいって糾弾できる立場が取れるのだ。一粒で二度美味しいって奴。

ま、それは別として、最近のポリコレ狂いは過激さを増してきている。ポリティカル・コレクトネスを自分に対して適用する分には特に問題はないのだが、こういうのは主に他人に対する武器として使われる。どの民族にも同じように対しようとか、差別語は使うまいとか、マイノリティには気を配ろうとか、自分の行動規範にする分にはいいだろう。しかし、実際には人のあら捜しをして政敵などを攻撃するめに使われている。トランプなんてまさにその標的だ。リー将軍の像の問題についても、いわゆる白人至上主義者に対して反対派が集まって、火炎を放射するような武器を向けていた。大体この手のリベラル側の主張は全て、他人や社会に対して自分らの理念を押し付ける、という形で現れる。自分個人の行動規範として使えばいいのだが、それはしない。必ず他人への強制が伴う。多文化共生、ジェンダーフリー、差別反対、LGBTその他全部その形を取る。そういった基準から外れていると思われる事案に対しては、攻撃が行われる。基準に外れているかどうかを判断するのは勿論彼らである。

元々はフランクフルト学派から出たものらしく、その学派は共産主義を元にしているから、共産主義者の行動とよく似ている。彼らの理念は絶対に正しく、それからの逸脱は許されない。逸脱してるかどうかは、彼らが決める。共産国家では勿論書記長だとかが決める。それから外れたものに救済はない。元が一神教だしね。最終的にはある一人の主観による支配になるのが共産主義。科学的史観もクソもない。ソ連も中国も北朝鮮もカンボジアもそうなった。実は政権をとってない日本の共産党もそうなっている。リンチで殺したりして。これは多分必然である。なぜなら、彼らも「生物」だから。自分の都合の良い方に捻じ曲げる。決して「天使」ではないのだ。

で、これが過激になっていくとどうなるのか。最後は誰も残らない(笑)。なぜなら生物は理念にしたがって生きることはできないから。生物はDNAを元にして行動しているが、それはどのような理念にも基づいていない。単に生存競争に有効だったからそうなっただけ。過去何十億年の経験から決まった。書物一冊程度で表せるような単純なものではない。変化する環境や競争相手に応じて改変されてきたものだ。必ず理念とはぶつかる。理念は単純過ぎるのだ、複雑な現実を覆い尽くす事はできない。

で、その良い例が今のアメリカ。ポリコレをやりすぎて、ついには自分らの否定にまで行こうとしている。理念が生存を危機においやっている。欧州は既にそうなっているが(笑)。フランスでは何度もテロが起きてて一体どのくらいになるのか多分忘れられてる(笑)。私もよく覚えてないが、2015年11月パリで130人が死亡、2016年7月ニースで84人死亡とか。226事件でも死亡者は9人だし(裁判後の処刑は20人ほど)、岡本公三などのテルアビブ特攻でも26人。まあ911には及ばないとしても相当な規模なのだが。移民難民の受け入れ、多文化共生、そんな夢理論を実行した結果、テロを好きにされている。日本にも九条護持のためなら死んでもいいというキ○○○がいるらしい。連中だけが勝手に死ぬのはいいのだが、こんな政策を国がとったらまともな国民も死んでしまう。こいつらの理念信仰のために関係ない人間も被害を受けるのだ。トランプや、欧州でのルペンなどの反応は生物として当然の反応である。これが正しい。

込み入った話しではあるが、まとめると、

1.そもそも生物の進化、存続には競争、差別は不可欠であった。それは人種においても同様であった。
2.そしてその結果としての果実を受けているのが現在の人類なのだが、リベラリストはそれを悪であるとして否定している。
3.そしてその辻褄合わせのために、銅像を破壊したり、国旗国歌を否定したりしているが、その事に実際的な意味などない。
4.そういった表面的な理解しかしていないリベラリストが各地で猛威を奮っているが、それに対する反動が起きている。
5.しかし、メディアは建前論を支持して、一般社会の側の不満を無視している。
6.その結果、リベラリスト側と保守、右翼、極右と言われる側の亀裂は深まってる。深めてるのはリベラスト側のように見える。

などになるのか。


☆捻じれるレイシズム批判

文化を巡ってはおかしな事件がよく起こる。
最近の某ネット記事によると、子どもたちが和服を来てお茶会のようなことをやっている写真をファイスブックに投稿したら炎上したらしい。→ サイト
こんな写真とか
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ま、化粧はなんとかしてとは思うが(笑)、これがcultural appropriation(文化の盗用)だとかは全く思えないのだが、なんで一々噛み付くんだろう。日本文化を楽しんでるように見える。千代紙とかミニチュアの和傘のようなものも用意して真剣な表情でやっていて、異文化をレスペクトし、どんなものなのかを体感するためにやっているように見える。白人による、非白人の文化盗用とか、見てて全く思えない。アメリカの事情は知らないが、白人が少しでも非白人に絡んだ事をやると批判される状況なのか。やってる側はそんな事は意識してないようだし、そういった空気もないだろうと思うが。

以前も人気モデルがVOGUEで芸者スタイルの写真を出したら批判された → サイト
伊勢で撮ってるらしく、面白い写真だと思うけどね。

ボストン美術館が着物の試着イベントをやったのも批判されて中止に → サイト
プラカードもって立ってたりしてイミフな連中だな。一体何に抗議してるんだか。

この手の問題を騒ぐ人の心理ってのはよくわからないが、思うに、非白人はハナから差別されてると思い込んでるから、いくらかでも非白人の文化に白人が触れば、それは盗用だだ差別だと思うのかしらん。日本人だってそれは差別の対象かもしれないが、文化自体が嘲笑の対象になってない限り、別に白人が使おうが問題ないと思うのだが。文化ってものはそもそも流通性のあるもので、世界の他の地域に広がる。寿司、ラーメンが広がるのは、この手の連中にとってどうなんだろう。

ま、騒いでるのは日本人じゃなくて他のアジアンぽいが、嫉妬も混じってるのではないかと思ってしまう。中国韓国あたりの文化をこんな形で白人が扱う事はあまり聞いたことないし。キムチの講習会とかはやってもいいのかな(笑)。こんな事に抗議する暇があれば、インチキ寿司をなんとかしろと言いたいが。折り紙なんかの日本文化を自国起源だとかいうのこそ、文化の盗用、窃盗だろう。

これも要するに、「彼らが基準を決める」の一例であることは明らかだ。直接の当事者である日本人がポカンとするような批判を他の民族が行っている。ポリコレは現実にこのように恣意的に使われる、といういい見本だ。ポリコレの名の下に、ある種の人たちの主観が幅を利かす事になる。これは共産国で、トップがライバル視する相手をスパイだ売国奴だといって追い落とすのと原理的には変わらない。理念なんてものは、現実に行使される時は、特定の主観の武器として使われる。


☆ 黒人差別をなくす会  → wiikipedia

これと類似の行動を行った団体が日本にもある。堺市の一家3人で作られた「黒人差別をなくす会」である。黒人への差別表現をしていると思われるものを摘発して抗議し、販売中止や回収に追い込んだ。対象となったのは、絵本「ちびくろサンボ」、カルピスのシンボルマーク、だっこちゃんマーク、マンガ「ジャングル大帝」の一部など多数。

で、黒人差別解消に何か寄与したのだろうか。多分効果はゼロだったろうと思う。そもそも、これは差別表現なのか。黒人への蔑視や偏見を煽るものだったのか。確かにデフォルメされていたが、それがイコール差別を煽る表現とはならない。むしろ愛嬌のある表現であって、商品として売るものである以上、嫌悪感を催すものであるわけがない。全部がそうだとは言えないとしても。これも勿論「彼らが決めた基準」によるものだ。おそらくだが、黒人の意向はほとんど入ってないはず。

そもそも、この人達が考えてる差別と実際の差別は全く違うと思う。差別というのは社会的、制度的なものであって、表現に関しては、差別とは言えない。差別に繋がる、とか、差別心を煽る、という言い方はされるが、相当に主観的なものだ。日本ではその表現そのものが差別であるかのような言い方がよくされるが、それは違うと思う。実際の差別というのはこういうもの。このブログで三回目の引用になるが、あまりにも日本の状況と違うからやむを得ない。
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57年、ノースカロライナのシャーロットにある、ハリーハーディングという白人の高校に編入を認められた黒人少女Dorothy Countsを取り囲み罵倒する群衆。登校に反対するために、住人が1千人も集まった。当時の知事は人気取りの為に、州兵を派遣して入学を阻止しようとし、アイゼンハワー大統領は連邦軍を派遣して少女を護衛させた。しかし、4日通っただけで、同級生にはゴミを投げつけられ、唾を吐かれ、教師には無視されて退学、他校に移った。

こういうのが差別なのだ。このあとマーチンルーサーキング氏などが公民権運動を起こし、60年代になってやっと黒人への公平な制度が作られた。しかし、今でも警官に平気で射殺されてるのは、よく聞く話だ。日本iはこういった差別はない。在日朝鮮人や部落民が差別されてるとよく言われるが、学校への入学拒絶なんて話は聞いたこともない。

差別がないから、あら捜しをして何かあるはずだ、という形で無限に追及が行われる。妥当なところで収まらない。かつて聞いた話しだが、子供の権利条約というのが国連で審議された時、日本の高校生が出ていって、日本の子供が強制的に制服を着せられてるのを訴えたら、制服が着れるだけでもいいじゃないですか、と皮肉られたという話があった。どうもこれははっきりしない事で、ネット上のデマだなんて言う向きもあるようだが、そう皮肉られてもおかしくない。はっきりしないからといって、こういうサヨクの行動がおかしいのは変わらない。子供を取り巻く状況が実際そうなのだから。そもそも、子供が強制労働させられたり、強制売春、人身売買などされてる状況を背景にして作られたのがこの条約であって(付属の議定書にある)、親から切り離されない権利とか、氏名を有する権利とかといったレベルの話に制服の問題を持ち込むとかどうかしている。日本のあら捜しをどうしてもしたい集団がいるようだ。

で、黒人差別の話に戻ると、日本でこんな活動をやることに何の意味があるのか。日本には黒人差別は無い(笑)。ありようがない。外国人としての権利の制限はあるが、黒人対象のものなどあるわけがない。蔑視や差別的な待遇はあるかもしれないが、それは主観に属するものであって、一般的に言っても世界的に見ても無い方だろう。50年代、60年代に日本に来た黒人ジャズミュージシャンが、差別されない事に驚いてる逸話などがある。ある黒人がホテルでチェックインの手続きをしようとしたらあとから来た白人女性が前に割り込んだ。しかしホテルのマネージャーは黙って白人女性を無視して黒人に対応したとか。アート・ブレーキーは日本人女性と結婚したし。

この活動は何か社会的な公正や平等を実現しようとしているのではない。ただの「攻撃」である。差別とか社会正義などとは無縁の攻撃。何か関係ありそうな事を引っ張り出してきて差別だといいはるのだ。言われた側は差別心は無かったとしても、特徴を強調してるから、反論もしにくい。しかし、こういったデフォルメというのは日本文化の特徴でもあるのだ。古くは縄文時代の土偶から、浮世絵の役者絵とか力士絵とか。見てる方だって、差別心などあるわけがない。しかし、基準はどうとでもなる。彼らが決めた基準で攻撃は行われる。




続く

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オーストリア、移民対策でイタリア国境を閉鎖か

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地中海を渡ってアフリカからイタリアに来た移民難民がすでに10万人に達して、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は他国への協力を求めている。→ AFP

>国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は3日、今年に入ってから海を渡ってイタリアに到着した移民・難民が8万5000人近くに上り、2000人以上が命懸けの渡航の間に死亡もしくは行方不明になったと発表した。

> UNHCRのバンサン・コシェテル(Vincent Cochetel)欧州局長はスイス・ジュネーブ(Geneva)で記者団に対し「このままでは立ち行かなくなる。他の国々もイタリアに続き、責任を分担してもらう必要がある」と述べている。


そしてイタリアに接するオーストリアは、移民の流入を防ぐために国境の通過点となるっブレンナー峠に軍隊をおいて阻止しようとしているらしい。それに大してイタリア側は抗議したとか。→ AFPimg_ead90caecb2b79297f9297bcc555209e217954.jpg

>地中海(Mediterranean Sea)を渡って流入する移民が減らない場合、「早急に」国境検問を導入し、イタリアとの国境地帯に兵士を配備する考えを明らかにした。

>欧州入りした移民の大半が、内戦下のリビアから出航したサハラ以南のアフリカ出身者だ。

サハラ以南からはるばるね。ようするに難民の形をした経済移民。いまの欧州への「難民」はみんなそうだが。パキスタン、ソマリア、アフガン、アルバニアとかから来てて、肝心の?シリアからは半分いかだとか。
EUの理念である、移民難民の受け入れ、国境自由通過のシェンゲン協定が利用されているだけである。目標は、南欧や東欧でなく、ドイツ・フランス・イギリス、あるいは北欧。福祉の充実した大国だ。こんなものを受け入れる必要はないのだが、理念の支配下にある以上、拒否できない。それをまた、国連のUNHCRが煽ってるという図式。

まあ、正直、もっと混乱しろ、と思うが(笑)。実際混乱しないと方向は変わらないと思う。EUの上位層はもはやイデオロギーに支配されてるのであって、それは共産主義の官僚と変わらない。もともとが根っこは同じらしいし。EUの理念を支えてるいるのはフランクフルト学派のようで、それはマルクス主義に源を発している。伝統的考えや体制を否定し、自由で平等な社会を作ろうとしたらしい。ジェンダーフリーやリベラリズム、多文化共生など、近年の愚劣で破壊的な思想は全てここから来てるようだ。こんなものは、たったの一言、”DNA”とつぶやくだけで否定できる。要するに人間の動物的側面を無視した思想なのだ。精神だけが人をコントロールしている、という誤った前提に立つ思想である。こういう思い込みの根源にあるのは勿論キリスト教である。→ ブレイビク「2083ー欧州独立宣言」。あるいは、hpの「多文化共生というまやかし」参照。

ま、それはおいといて、共産主義国家がどうやって崩壊したかと言えば、東ドイツ市民がハンガリー・オーストリア国境にあいた僅かな穴を通って西側に逃げ出したことがキッカケだ。その前から避難民がハンガリーにあふれていたらしいが、オーストリアへの通過を認めるという決定をしたのが、1989年8月末、そこから奔流のように東ドイツ市民が出ていき、11月にはもうベルリンの壁が破壊された。つまり一般市民の側の忍耐は限界に達していたが、支配階級がそれを認めなかった。しかし、ついにそれは破裂して、東側陣営の崩壊に繋がった。

多分、同じことがEUでも起きると思う。おそらく、市民の側の忍耐は相当なレベルに高まっている。しかしEUの委員は認めない、当然だが。イデオロギーに取り込まれた人間は人の意見では変えられない。現実の力によって動かされないと無理。何かキッカケがあれば壊れるだろう。それがまたオーストリアに関係していれば、面白い話になるのだが。一回目は国境を開くことによって、二回目は閉ざすことによって。是非期待したいな(笑)。

この事態に責任があるのは、EUでありEUの理念である。過去の植民地支配も現在の有志連合によるISIS攻撃も関係ない。EU側が難民を受け入れる姿勢を示し、しかも行けば手厚い福祉が期待できると分かって殺到している。しかも関係のない日本にも押し付けてきている。いい加減な話しだことだ。まあその前に、欧米が独裁者を倒して混乱させたのはあるが。せっかく強く蓋を塞いでくれていたのに倒してしまった。しかしそれだけではこんな事態にはならない。行ったら安楽な暮らしができそうだという夢をみさせたから。その途中で何千何万と死んでしまった。今後EU内で反ムスリムの内戦が起きたら、さらに何十万規模の死傷者が出るだろう。これら全ての責任はEUの空想的な理念とその実行者にある。



続く

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エルトン・ジョン公演テロ計画で、19歳に終身刑・・・爆弾やマシンガンの手配を依頼

歌手エルトン・ジョン公演でテロを計画したとして、19歳のHaroon Syed に終身刑が言い渡された。→ 産経ニュース
BBCの記事では、16年と半年という最低の期限が定められてるらしいが。→ BBC
ちなみに、こいつの兄もテロを企てたとして、既に終身刑が言い渡されている。

この犯人がやったのは、テロの計画と武器の依頼。依頼した相手はテロ協力者に扮したMI5の係官(笑)。
具体的にはマシンガンと自爆用の爆弾で、150ポンドを払ったらしい。バッキンガム宮殿で行われるエルトンジョンの公演を狙ったとか。実際に77人殺したノルウェーのブレイビクが21年の禁錮と比べるとちょっと重い気がしないでもないが(笑)。

日本のテロ等準備罪では、
・組織的犯罪集団に所属しその活動として、
・二人以上で対象の罪を計画し、
・その計画した者らが計画に基づき「資金の準備」「現場の下見」等の犯罪実行のための準備行為を行われた時

という構成要件になっているが、この場合、準備になるのだろうか。なんだか微妙。まあ、その前に日本では囮捜査はできなかったかな。

とにかく日本のサヨク連中は犯罪者を擁護するのが使命らしい(笑)。笑い事じゃないが。なんであんなに擁護するのか意味不明な状況。まあ、自分らがテロとかやる気だからなのかねえ。

まあ、かつて自白で犯罪を証すしかできない時代があったのは確かだろう。そういう時には冤罪が出たりしただろう。拷問で、してもない罪を認めたりして。シャーロックホームズものなどはその後の科学的捜査への過渡期を示しているのかもしれない。虫眼鏡で遺留物を調べるというのがその始まりだったか。その自白メインの時代の感覚で、容疑者擁護の立場を取ってるのではないか? 頭の中が化石状態なのでは。

今ではあちこちに監視カメラが置かれ、人や車の動きを追うのがたやすくなっている。指紋、血液型、遺伝子型などの手法も発展した。アリバイ証明も楽になっているはず。簡単には冤罪などは起きないと思うが。明らかな犯罪者でもやたらに擁護してるのを見るとそういう観点からでもないような印象もある。何かしらないが、犯罪者は保護すべき対象らしい。それがどこから来る感覚なのかが不明だが。サヨクってのは、人を殺しても平気だからそういう立場からなのか(笑)。日本国内に限ってもサヨクが殺した人数は3ケタはいくだろう。戦前の宮本顕治によるリンチ死から、戦後のテロ、内ゲバ、連合赤軍事件、三里塚他。テルアビブでは26人とか。それに比べて右翼による殺害は少ない。ま、少ないからいいとは言わないが(笑)。226事件でも死亡者9人だからね。戦後は浅沼一人かな?

仮に冤罪が起きたところでいきなり死刑になるわけではない。大概の場合、疑問が残るのは執行されないし、冤罪を晴らす道もある。しかしテロが起きたら市民はその場で死に、あるいは重傷を負う。それが元に戻ることはない。オウムのサリンの被害者は今でも寝たきりで言葉もまともにしゃべれない。ただし意識はあるから、一生オウムを恨んで死んで行くことになる。冤罪の比ではない。人権だなんだと偉そうに言うが、生命や生活が最大の人権ではないか。なのにこちらは無視して、綺麗事ばかりをいう。こういった悲劇を事前に防ぐ意味でも、この法律はもっと自由に使えた方がいい。なんでサヨクは被害者の事を無視するんだろうか。ま、世界中で1億人虐殺した共産主義者の末裔、あるいはそれらの直接の後継者だからかね(笑)。

まあ、正解は、彼らにとって人権だのはどうでもいいのだ。自分らのイデオロギーが現実化されればいい。そのために綺麗事を言ってるだけ。自分らが政権を取ったらそんな言論の自由など認めるわけがないのだから。非寛容に対して寛容であってはならない。

続く

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アリアナ・グランデのコンサートで爆発、マンチェスターでテロ


27秒のが爆発音だとしたら相当大きいような気が。手榴弾とかじゃないのかも。



やはり、強めの爆弾だったようだ → 読売
>現場にボルト・くぎ、悲鳴上げ出口殺到…英爆発
>「会場外で家族が出て来るのを待っていたら爆発音がして、壁に向かって吹き飛ばされた。起きあがったら、周囲には30人ぐらいが倒れていた。意識がない人もたくさんいた」


色々記事や写真がが出ている → the Sun

現場の概略
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このテロは他のテロ以上に影響が大きいかもしれない。理由は、ポップスの有名スターの会場だったから。
英米の文化で掛け値なしに世界を制覇してる、最高の評価を得ている、といえるのは、ポップス系の音楽、それに映画ぐらいだろう。世界中が英米での成功を夢見るのだ。

その音楽の世界の超有名スターの会場が狙われた。一般民衆の心理に与えるものは大きいのでは。今までのは政治問題として身近には感じなくても、この分野だと違うだろう。かれらのハートとか奥の院とかにまで入ったのだ。まあ、しかし、テロリストも選び方に全然注意を払わないな(笑)。もう気分に任せるまま、目についたところならなんでも狙う。全然、考慮の形跡がない。感情に任せている。多分ムスリムだろうけど、まさにこういう支離滅裂ぶりがアラブなのだ。だから、まともに統治もできない。中東の混乱はそのまま、彼らの精神世界の秩序の無さの現れだ。

これについて、子供を狙ってどうのこうのという論を立ててる人もいるようだが、それは違うと思う。もっとも効果が大きい所を狙ったのだろう。実際、コンサート後のごった返し状態は、普通にしてても危険だと感じるし。あれで爆発音がすれば混乱するのは当然。会場での爆発だとむしろその状況が見えるからそれほどでもないだろう。帰りを狙ったのについては、上手いとは思う。

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入管でハンストとか・・・国に帰ればいいだろう

イミフな事態が起きてる。不法入国の外国人がハンストしてるらしい。→ ソース
不満があるなら、祖国に帰ったら?
これ以外にいう言葉がない。なんで帰らんの?

>要求書では、長期収容や職員による威嚇行為に抗議するとともに、医療や食べ物、自由時間などにおける処遇改善を求めている。

テメーらの国では、そういうことしっかりやってるのかね?
なら自国に帰ればいいだろう。なんで外国に来て要求するのか、さっぱりわからん。
ま、どこの外国人なのかこれではわからんけど。そういう事を報道しないし。

仮に、自国がそういう国でないのなら、そういう国になるように努力すればいいだろう。戦うなりして。自国を放置しておいてなぜ外国に行くのか。なんで、外国に行くのを当然だと思うのか。上手く行ってる国の結果だけ頂こうとか、むしが良すぎる。自国を発展させればいいじゃないか。なんでしないんだ?
日本だって江戸時代の閉塞状況を打ち破って、欧米に対抗したのだ。それができないんなら、独立しないで植民地のままでいればいい。奴隷のままでいればいいだろう。

いい加減この手の偽善はやめるべきだろう。祖国に残っている人達のためにも。

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ルペンは敗れたが、3分の1の支持を得た・・・フランス大統領選

ルペンは大差で敗れたが、過去からの推移を見れば、かなりの進展があったとも言える。

かつて、2002年ルペン父が決選投票に残った事があって、
その時は一次で16.9%、二次で17.8%を(520万票)得票した。
2012年の大統領選挙では、マリーヌ・ルペンは一次で17.9%
今回、一次で21.3%、二次で、33.9%(1064万票)らしい・。

負けたとは言え、支持率や得票数は倍増しているという事になる。

2012年以降は、
2012年の議会総選挙で、2名当選、久しぶりの復活。
2013年、アラン・ドロンが支持を表明
2014年、統一地方選挙で、6.8%得票、前回から桁違いの躍進をした。
同2014年の、欧州議員選挙では、25%を取って、第一党となった。
2015年の州議会選挙では、28%を取ったが、他の左派と右派が連合を組むという非常識ともいえるおかしな戦術に敗れた。
つまり近年ではコンスタントに2割以上の支持を得ていて、3割台になる事もある。しかし、他の政党が、野合(笑)をして防いでるという状況である。

内情的には、娘のマリーヌが党首になる2011年以前は、ただの国粋主義政党だったように見える。その後は父親の反ユダヤ色を払拭するなどの政策の調整を行い、国民政党に近づいて来ている。特に、ここ数年の難民によるテロの影響で支持が伸びたのだろうと思う。

他の政党の野合やメディアのネガキャンペーンにも拘らず、国民の3分の1の支持を得たのはかなりの手応えになるとは思うが、やはり国内のリベラリズム勢力の影響は大きいようだ。それは草の根レベルにまで浸透しているからやっかいではある。この手のリベラリズム、あるいはEUの思想はもう立ち行けないのは明らからなのだが、イデオロギーの縛りは強い。日本でも未だに共産主義思想に頭を支配されてる集団がいるぐらいで、なかなか抜けない。麻薬から抜けるよりも困難かもしれない。

某所で拾った画像
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自分の首を吊る木を育てるリベラル。しかし、理想に燃える頭の中は幸福感に満ちているのだ。

☆ おかしなのは既成政党の側

左派と右派の野合もそうだが、今回の投票でも、マクロンに入れた票の4割は反ルペンのためらしい。→ サイト
政策に共感は2割だとか(笑)。そんな選挙があっていいのか。選挙ってものは支持政党や候補者にいれるものだろう。これだけでも狂ってる。これもイデオロギーの影響である。

続く





続く

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騒ぎが続くLGBT問題・・・・公式に認めるのはおかしい

何がおかしいといって、こういう主張をする連中が、自分らが文明的・先進的であって、反対してるのは遅れてて未開発で非寛容な精神の持ち主だという雰囲気を持ち込んでることである。もう公に反対する意見さえ出なくなってる。これは今までに何度もあった現象なのだ。最近では多文化共生、移民難民の受け入れ、古くは共産主義思想。そしてこられは全て、社会に世界に混乱と死と破壊をもたらした。いい加減にして欲しい。

何らかの邪悪な意図があるようにさえ見える。上記の全てが破壊的であって、混乱を志向している。結果的に必ずそうなる。LGBT問題でも既に、トイレだ浴場だ、病院での扱いがどうだ、学校での男女不記入など色々と起きている。その事で別の側面にしわ寄せが来るだろう。里親問題でも、男性カップルを公式に認めたりと狂ってるとしか思えない。そこで育つ子は、どんな感覚を持つのか。「両性の合意」を定めている憲法に違反してるだろう(笑)。しかしそれを主張する側は、これが正しいと自信満々なのだ。反対してるのは理解力が足りない人間だとでも言いたいらしい。また、こういう風に思わせるメカニズムが事前に仕組まれてる。「先進的」な思想を宣伝する場合には必ずこれがあり、一定程度がこれに乗せられる。

これらは、その内、必ず悪用されるだろう。また社会的な負担が大きくなるだろう。多文化共生や難民問題も同じだ。全てを平等にやろうとすると、膨大な社会的負担が生じる。社会全体が被害を受ける。要求する側は特に負担するわけでもないし気楽なものだが(笑)。善人面はできるし。「市民団体」てものを作れば、なんでも要求できるらしい。しかも義務は一切負わない。その結果社会がどうなろうと、責任は一切負わない。それで社会がおかしくなったら、今度は政府や自治体を批判すればいい。素敵な活動だ。常に善の代表面が出来て、精神的健康には最高の運動だ。

私は別にLGBTなどの少数者の存在を否定する気はない。表にでないでやればいいだろうし、ずっとそうしてきたはずだ。賭博・カジノもヤクザ・マフィアもさらには麻薬だって、隠れてやる分には構わないと思ってる。本人責任で好きにすればいい。というより根絶することは不可能だろう。そういうのが無いと行きていけない種類の人間がいるのだ。わずか数%とかでも。私はそれを完全に認めている。たとえヤクザでも。いくらかはいてもいいだろう。ムカデやゲジゲジだって、生態学的な存在価値はあるのだ(笑)。害はあっても、海外のマフィアよりはマシかもしれない。メキシコみたいなのよりは(笑)。しかしだからといって、そういうのを公に認めるのはおかしい。ま、賭博は半分公営になってるが。違う種類の税収みたいな。

おそらく、根本にあるのは、人間を生物として認めないキリスト教的な感覚である。神が作ったものなのだ。全てを認めろ、ということなのだろう。生物には変異があることを認められない。変異を全て保護したらその種には問題が生じるだろう。こういう話になると思い出す事がある。野生の象は、子供を出産すると、その子供が立ち上がるまで待つらしい。しかし、体が弱くで立ち上がれない子供もいる。親の象は、しばらくまっても立ち上がれないと見捨てて立ち去るとか。生物の世界というのはそういうものなのだ。ま、この辺りは人間に絡めるとアブナイ話にはなるが。そしてこの手の一神教は、自分らが絶対に正しいという前提でものをいう。そしてそれらに媚びる集団が、非キリスト教社会の日本などにもいる。

他人種への差別にしても、異文化や異教の否定にしても、今まで散々好き勝手にやってきたくせに、突然反対方向に主張を変えて全てを認めろと言い始めた。同性愛だって、日本は比較的寛容だったのに、西洋では厳しく否定されてきた。そして突然肯定の流れに変わったら、日本はそれが徹底してないとかいって、批判の矢を浴びている。まあ、呆れたものだよ、白人てのは。0か100かでしかものを考えられないバカな人種じゃないのか。

続く

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なぜ先進国は難民を受け入れないといけないのか

まるで受け入れるのが当たり前という雰囲気が醸し出されているが、奇妙な話である。それは極く近年の特殊な主張なのだが、まるで昔からそうであったあったかのような、先進国なら当たり前のような言われ方をしている。パレスチナ難民は、キャンプに500万人もいるようだが、それについてはキャンプに放置。欧州にこさせようという話はない。アフリカその他の地域での紛争の難民も、欧州に呼ぼうとしたりはしてない。近辺の難民キャンプに入れてる。シリア内戦でも近隣国にキャンプが作られて数百万もいるらしい。本国にも大半の人は残っている(元々の人口は2千万人ほど、その内、国内外への難民になったのは半数ほど。欧州に行ったのは100万程度、割合から言えばかなりの少数派。別に他国に行かなければならないわけではない)。

国連のUNHCRのキャンペーンも、まるで外国に行くしか選択肢がないかのような雰囲気で行われてる。しかし、それは欺瞞である。欧州に行ってるのは、難民の中でも、金持ちの階層であって、業者に金を出せたり、スマフォなどで情報を得られる人たちだ。移動の途中に色んな荷物類を放置しているのを見ても、金があるんだろうと思われる。金の無い人達はキャンプに残るしか選択肢はない。船に乗って逃げ出そうとしている写真が使ってあるが、ああいった船もただで手に入るわけがない。先進国人にとっては粗末な船も、後進国にとってはそうではない。イメージのギャップが利用されている。しかも実際は業者によって小さな船にすし詰め状態で多数押し込められてるのに。実態と異なるイメージが意図的に作られている。一体これはどういう意図なのか。これが分からない。なぜシリア系の難民だけが欧州に向かう方向性になってるのか(同時に、ソマリア、パキスタン、アフガン、アルバニア、さらに北アフリカからも来てはいるが、これらも近年の流れに便乗したものだろう)。しかも関係のない日本にまで受け入れを要求してきている。実際に来ているのは飛行機に乗ってきて大学入学希望の「難民」である。何が難民なんだか。本人達も当たり前のように希望している。なんで施しを受けるのを当然だと考えるのか理解できないが。祖国を平気で捨ててるのもだが。

そして受け入れ先で散々テロを起こしてるのに、この手の機関とかは、未だに表向きは主張を変えていない。つい昨日もフランスでまたテロがあった。もうありすぎて、どのテロがどんなだったか忘れかけているぐらい。→ AFP

>大統領選挙を3日後に控えたフランスの首都パリ(Paris)中心部のシャンゼリゼ(Champs Elysees)通りで20日夜、銃撃があり、警察官1人が死亡、2人が負傷した。警察が明らかにした。イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が傘下の通信社を通じて犯行声明を出した。実行犯は39歳のフランス人の男と特定された。



☆ なぜ先進国に入れようという雰囲気なのか

まあ、ああいった難民が先進国に来たい気持ちは、それは分かる。福祉や整備された社会インフラが理由だろう。難民キャンプにいるのも東欧諸国に滞在するのも嫌だろう。それは分かる(笑)。問題は、受け入れようという宣伝が異様なことなのだ。なぜ受け入れようとするのか。なぜそれを世界に向けて推進するのか。

それで今までに幾つか、仮説のようなものを書いてきた。

1.欧州のリベラリストがアラブの春を煽って失敗したことを糊塗するために、受け入れを宣伝してるのではないか。失敗に目を向けさせないようにするために、その先に無理に視線を向けさせてるのだ。→ ページ

2.難民を世界に拡散させて混乱させるため。目的は世界の共産化(笑)。→ ページ
まあ、若干無理はあるが。しかし、ゼロではない。何と言っても、ブレイビクのページで見たように、共産主義の亜流のフランクフルト学派がEUを支配してるようだし。

ここでもう一つの仮説。

3.ISISに欧米の国家・社会を破壊して欲しいから。
ま、これも無理があるが。
しかし、今回の難民受け入れ推進と今までのとの違いは、それがシリアだという事。そしてシリアにはISISがいるという事なのだ。彼らは完全な原理主義者であって、気にいらないものはなんでも破壊し、殺戮する。古代の遺跡から、サッカーを観戦していた子供達まで。で、実際、その一派は欧州に入り、あるいは、そうでなくても、その分派を気取る。シリアからの難民には必ずそのシンパがいるだろう。これがパレスチナ難民だったら、受け入れても、破壊活動にははいろうとしないだろうと思う。おとなしく生活するような気がする、今まで通り。しかし、ISISは違う。破壊が期待できる(笑)。

ISISの旗を持ってドイツの警察と戦うムスリム
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EUの官僚は、国家システムを破壊したいのではないか?
個別の国のシステムが邪魔なのではないか?

その他、

4.多文化共生の無理強い。これをチャンスとみて、無理やりその方向にもって行こうとしている。EUの基本理念の一つだし。

5.なんとなく、ヒューマニスティックで、善人振れるから(笑)。普通にこれかも。



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あのブレイビクの文章が翻訳されていた・・・「2083-欧州独立宣言」

誰か知らないが、ブログで発表されている。 → ページ
あまりにも膨大で、トップページを探すのにも苦労した(笑)。ちなみに、英語原文はこちら、だと思う(笑) → ページ

まあ、77人も殺した人間の文章の翻訳には批判もあるのかもしれない。あの酒鬼薔薇の本への批判のように。しかし、これは同一視はできないだろう。酒鬼薔薇は欲望に従って残虐に殺したのだ。ブレイビクは移民難民問題への警鐘としてあの犯罪に及んだ。いいとは言わないが(笑)。しかし、ブレイビクが殺したのは確か同国人だけだったと思う。移民難民を直接攻撃対象にしたのではない。ただの外国人憎悪による犯罪ではない。当時(2011年)取れる手段としては、ああいうのしか無かったのかもしれない。今では難民の害は周知され、欧州各国で難民規制を主張する政党が大きな支持を集めてきているが、当時はそういった政党はほとんどが泡沫だったはず。フランス国民戦線もイギリス独立党も。ドイツのAfDは13年結成、イタリアの5つ星運動は09年だが、影響力は無かった。今ではAFDは16%もの支持を集めているらしい。ドイツの反移民のデモを主催しているPEGIDAは14年結成だし。だから彼は先駆者の位置にあるとも言える。

ごく一部をざっと読んだ感じでは、彼はEUの思想の背景には、ドイツのフランクフルト学派があり、その学派はマルクス主義を模範として社会を考えたなんて書いている。もの凄く腑に落ちる主張だ。多文化共生なんて明らかに共産主義の趣がある。私は、HPの方で、多文化共生というまやかし、というページを書いたのだが、それの結論も、共産主義者が裏にいるのでは、ということだった。それは外面的な動きから推測してのことだったが、歴史的、思想的にもそうだったと知って、驚いた。まあ、私が無知だったのだろうけど。この学派に思想的にやられているのが、EUを支配している官僚たちなのだ。それは倒壊させなければならない。なんだか似てると思った。だからトランプ勝利についての以前のページで、イギリスのEU離脱やトランプ勝利は、90年頃の東側陣営の消滅に匹敵すると書いた。いろんな事がつながってきて面白いものだ。

HPの方で書いたことで一つだけ強調したいことは、共産主義には根本的な欠陥があるということ。それはDNAが考慮に入ってない、ということである。勿論フランクフルト学派も同じだろう。どちらもDNAの発見以前に思想が形づくられのだから当然だが。彼らは、思想による洗脳が可能だと思ったのだ。経済関係が変更されれば、人間の思考が変えられ万人が平等な社会が作られる思った。しかし、根底にDNAがあり、自己と子孫の繁栄を生存の根本原理としている以上そんな事はできない。個体は常に生存競争のさなかにおかれ、他と争っている。それが生命の宿命であって共産主義社会など不可能なのだ。原理的に不可能だ。革命はできないのだ。DNAを書き換えない限り。無理にやろうとするから、カンボジア、中国、北朝鮮、ソ連などのように国民の大虐殺が起きる。

では、彼らは人間とは何だと思ったのか。それは変な話だが、神が作った特別なものだと信じていたのだ。そうは言って無くても。共産主義者が、自分らの思想が科学的で即物論的だというのなら、人間は動物である、という所から出発しないといけない。DNAを共通にもち、泥から生まれた生き物であって、神が作ったのではない、という所から出発すべきだろう。しかし、全然そんな事はしていない。19世紀ならしょうがないが、今になっても一切やていないはず。かれらの人間観は、人間と動物は全く違う存在だというところから出発する。そうは明言していないと思うが、それは、そんな事は当たり前だと思ってるからだ。彼らの言う歴史は原始共産制から始まる。それ以前の猿人、原人、旧人などは対象外らしい(笑)。それらは多分動物なのだ。そして人間は他の動物とは違う特別な存在なのだ。なぜそう思うかというと、キリスト教ユダヤ教において、神が自分の姿に似せて作ったからだ。それが思考の限界であり、根底にある。旧約聖書で考えると宇宙は6400年前から始まる、なんてのと変わりはしない。キリスト教的世界観から一歩も出ていない。自分らではキリスト教の外に逃れたと思っているが、全く出ていない。キリスト教を否定しながら、キリスト教が唱えた地点から出発している。しかもその点に関して自覚がない。無批判に当たり前だと思ってる。これは今のリベラリズムその他はみんなそうだろうけど。これに比べれば、仏教はまだ公平であって、動物と人間の区別はしていない(と思う)。神道に至っては、山や岩などの物にさえ神性を認めたりする。キリスト教的世界観を前提とするのは自明な正しい事ではない。

そして人間の精神は完全にコントロール可能なものだと思った。人間てものは、完全に理解可能で、精神はタブラリーサのように自由に書き込み可能なものだと思っている。思想で精神を完全に染めることができると思った。しかし、人間てものは、DNAが作った肉体に縛られている。完全な理性のコントロールはできない。精神が人間活動の全てを制御しているわけではないから。食事をし排泄をし生殖をし出産をする。これらは思想でやるのではない。原人だった頃からの生物としての活動である。そしてそれはDNAによっているのであって、理念ではない。またDNAの動きはまだ完全な解明からはほど遠い。人間の完全な理解など、あと何百年もかかるだろう。分かったような風な事を言っているが。大脳の機能など、理解不可能に近い。これを認めないから摩擦が起きる。理念で人間も社会も制御できると思ってる。ポリティカル・コレクトネスなんてもううんざりだ、というクリントイーストウッドの発言は人間としての正直な感想だろう。

欧米社会は、共産主義国家並の思想的な牢獄だったのだ。人間性を否定する牢獄だった。いまやっと社会の側の生活実感から反発が出てきている。その根本にある原理を説明するものとして、これはいいかもしれない。ほんの僅か読んだだけだが。



(4/3追記)
ところで、話は180度、というか18000度ぐらい変わるのだが、昨日2日、川崎で、「かなまら祭」というのがあった。これは例のナニをまつる行事なのだが、最近は外国人の参加者が増えているらしい。記事には、

>海外では「ウタマロ・フェスティバル」としても知られている。外国人の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」でも「素晴らしい体験ができる」と話題を呼び、昨年は3万人近くが来場し、約6割が外国人だった。

とある。→ 記事魚拓
去年の動画 → youtube

これがEUと何の関係があるのか。大有りなのだ(笑)。
日本各地に似た様な祭りがあるらしい。しかし、世界の他の地域にはないようだ。それは要するに、西欧では人は神が作ったもので生物としての性質を否定してしまったからだろう。だからこんな祭りなど許されるはずはない。おそらくは古代にはあったのかもしれない。しかし、根絶やしにされた。他のアジア・アフリカなどにもあったのだろうと思う。しかしそういった地域は欧米の植民地になり、キリスト教の支配下にはいり、同様に根絶された。人間の動物性を否定し、神が作ったものだと考える。そういう所から共産主義もEUの思想も出てきている。そういう思想と対極にあるのが、こういった祭りなのだ。

日本は古代のアニミズム的信仰を温存し、また欧米の植民地にならなかったために、こんな祭りも許容された。その証拠なのだ。それを今の西欧人達が面白がってるという不思議な図だ。日本の存在価値を表す一つの側面である(ただしこの祭り自体は近年のものらしいが)。


(5/12追記)
アイルランドで、女性器を広げて見せる彫像が多く見つかったらしい、 → デイリーメール

さすがに、写真の引用はできない(笑)。「シーラ・ナ・ギグ」というらしいが。何かキリスト教と関係あるとか書いてるが、直感的にそれはないだろう。それ以前の古代のものだろう。ま、絶滅させたのは、キリスト教かもしれないが。こういったものが世界各地にあったのだろうと思う。それは子孫の永続、一族の繁栄を願ってのものなのだろう。しかし、キリスト教、イスラム教などの一神教がそういった土俗的なものに取って代わって消滅させた。日本に残ってるのは希少な例外なのだろう。

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