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「縄文-1万年の美の鼓動」展

今日行ってきたけど、大変だった。
上野駅を出たときは、あれ雨かな、という程度だったのだが、そこから公園を通って、平成館に行くまでに、土砂降りに変わっていた。結構距離があるし。稲光が凄まじく、ピカ・・・・バリバリドキューンって感じで荒れ狂っていた。傘は持っていってないし、もうびしょ濡れ。モギリの人や、イヤホンを貸してくれる人は半笑い。晴れて暑かったのが涼しくなったのは良かったが。

中身は相当充実してた。まあ、どうせ雨だしゆっくり見ていこうって感じで行ったせいもあるが、ゆうに2時間以上かかった。見終わったのが5時直前で、もう館が閉まるってことで、慌てて、いくつかお土産品なんかを買って出た。

20160323.jpgまあ、大体は知ってるものが多かったのだが、それでもやはりいろいろと考えさせられた。特に”縄文の女神”とか。

このフォルムは何なんだろう。古代の遺物のヒトガタのものてのは、不思議な感に打たれるものが多いが、これもその一つ。特に腰から足にかけて。あのラインは何なんだ。シュメールとか古代中国のものなんか、何を考えてこんなものを作ったのかと思うものが多い。現代の抽象主義の作家のものかとも思ってしまう。



また一方では、妙に具象的な作りのものもある。例の、遮光器土偶とか。


800px-青森県つがる市木造亀ヶ岡出土_遮光器土偶-2

実はこれには若干の思い出があって、もう2,30年前になるのか、東北とかを車で行ってて(例のキリストの墓とか(笑))、青森の博物館でこれのレプリカを売ってるのをみた。化粧箱いれて1万円。ううん、どうしようかなあ、と思って、まあ自分には関係ないしと思って外にでて走ってて、やっぱり買おうと引き返して買った思い出。その頃は、ネットなんかないし、そこで買わないともう手に入らないかもしれないと思った。買わずに後悔よりは、買って後悔。今も飾っている。

実はその時、怖い思い出が。道を走ってたらある場所でなにか林の中にへこんだおかしな場所があった。なんだろうと入ってみたら、あたり一面、小さめの地蔵さんみたなのが、ズラッと並んでいた。結構広い、林の中の空き地だった。いわゆる、水子供養の場所だったらしい。誰もいないし、ただ自分だけがその場にいて、ほんとにぞっとした。私はそういったものは関心無いんだが、あのときの事を思い出すと今でも戦慄が走る。入り口とかなんにも書いてないのに、中に入るとそういうのが三段ぐらいになって、広場の中央部を向いてズラッとならんでいた。写真を撮るのが趣味な自分も撮らずに退散。何だか何か起こりそうな気がして(笑)。しかし、あんなものは他では見たこと無いんだけど。津軽半島の付け根あたりだったかな。ちょっと気になって検索してみたが、あれは見つからない。流石に写真に撮るのは勇気が必要だし、何にも掲示がなかったから、気が付かないのかも。近辺に寺とか無かったし。

続く





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北斎とジャポニズム展、ゴッホ展ー巡りゆく日本の夢、

今上野で似たような展覧会をやっている。19世紀欧州におけるジャポニスムを紹介するもので、一つは北斎を中心にしたもの、もう一つはゴッホを中心にしたもの。同時にやらなくてもいいとは思うのだが(笑)、主催が違うから偶然かな。両方見ると、何だか混乱する。他にも運慶展やってるし(これも行った)、例の「怖い絵」展もやってる。こちらはパス。ジェーングレイのはちょっと見たい気もするが。しかし、東京でばかりこんなにやっていいのかね。地方の人が可哀想だろう(笑)。ますます過疎化するなあ。

北斎展 → サイト

北斎の版画や北斎漫画集などからの影響をまとめたもの。あまりに膨大でとても簡単に把握出来るようなものではない。現代において欧米芸術や日常のデザインで普通に見られるものの相当部分が北斎他のジャポニスムの影響を受けてるらしい。例えば、画面中央を斜めに走る線、なんてものはそれまでの西洋絵画には無かったとか。あるいは登場人物のちょっとした仕草とか、野原での花の描写とか。よく言われる、平面的な描写だとか、色合いの鮮やかな対比、縁取り、鳥や虫の描写など以外にも多く有ったらしい。特に構図で影響を受けていたとは知らなかった。

セザンヌのサント・ヴィクトワール山の絵に、こういった北斎の絵(駿州片倉茶園ノ不二)の影響があるなんて言われないと分からない。普通の風景画でしょ、って思ってしまう。遠景に山を配し、近景に木々、中景に目的の風景とか、写真を撮ってても、ま標準的な構図かなあと思うのだが、意外に西洋では無かったらしい。
sasint.jpghoku.jpg














hoku2.jpg

まあ、こんなのがショックだったろうとは想像がつくが。メインの富士山がたった一本の線だし(笑)。中央を荷物が風に吹かれて舞ってるし、こういうのはなかっただろうなあ(笑)。
その他ドガの登場人物の仕草や体勢など、北斎漫画からの影響があるとか。


ゴッホ展g5.jpg → サイト

かなり力の入った展覧会だった。絵は勿論だが、当時の雑誌や手紙、ポスター、展覧会のカタログ、日本人訪問者の芳名録、さらに20世紀初頭のフィルム上映までやっていた。ちょっと浮世絵の展示が多すぎた感はあるが(笑)、まあ充実していた。2時間はゆうにかかったかな。結構疲れた。当時のフランスの雑誌の「パリ・イリュストレ」のジャポニスム特集号の現物があって、大きさに驚いた。A3縦より更に一回り大きい。

左の絵が英泉の花魁の図、それをイリュストレ誌の表紙に載せる時に左右逆になり、それを模写加筆したのが、右のゴッホの絵。周囲の蛙などは他の絵から取ってきたものらしい。

ゴッホは浮世絵を400枚も所持し、手紙にも何度となく日本や浮世絵のことを書いている。自分でも浮世絵の展覧会を主催したこともあったらしい。ジャポニスムって、ほんとにあったんだなあって実感出来る(笑)。ま、私はゴッホはそんなに好きなわけでもないが、なんとなく惹かれるものはある。今回ちょっとおもしろいと思ったのは、死の直前に描かれたこれ、「ポプラ林の中の二人」

g6.jpg

足が消えかけてるし、色々と想像させる。
客は女性が多かったな。男女比が1:9ぐらい。女性に特に受ける要素があるのだろうか。北斎展ではそこまでではなかったけど。

続く

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国立漫画博物館は早急に設置を・・・反対者には死罪を

「MANGAナショナル・センター構想」が動きだすらしい → 魚拓

以前、麻生首相の時、サヨメディアやわけの分からん文化人連中が散々バカにして反対した構想である。
あの集団は死罪に値すると思うのだが。
今の日本人のほとんどは、子供のころ漫画、アニメに親しんだはず。
現在の日本人、日本文化の底流にあった重要な遺産である。
これの収集と保存は、もう遅いのではないかという気がするが、始めないよりはましだ。
ほっといたら、浮世絵の二の舞いになる。

特に雑誌関連の収集を急いで欲しい。展示やイベントは後でもいいと思う。
単行本になったものは今からでも集めるのは簡単だろうが、なっていないものはかなり散逸してるのではないだろうか。
戦後から昭和30年台にかけて隆盛を誇った漫画月刊誌なんかもう揃えるのは無理かもしれないが。よく知らないけど。
「リボンの騎士」なんかは最初はそういった雑誌に載ってたと思う。
また、ああいった雑誌に付けられた付録とかはもうないだろうなあ。

週刊誌でも短期間の連載ものとか、単発読み切りものは探そうとしてもどうすればいいのか分からない。
全てデジタル化して保存してくれれば嬉しい。

日本の漫画アニメってのは不思議な部分があって、ただの子供向けになっていない。
大人でも十分に見れるし、記憶にずっと残ってる。
例えば、山上たつひこの「光る風」。これは単行本になっているが。
70年頃に書かれた近未来の政治漫画である。そこには、共産国の環境汚染、自衛隊の海外出兵(なんとカンボジア)など現実化したものがある。
これが載ったのは、少年マガジン。たしか、もう一つ過激な政治漫画があったとおもうが名前を忘れた。

単発のものでも印象に残ってるのがある。そういったものは多分単行本化はされてない。もう一度読みたいものだが。
大体はSF風のものだけど。

例1.タイトル不明、マガジンかサンデーあるいは、チャンピオン

隕石が落ちて、そこからある病気が広がった。それは人間の姿態を変え、精神状態を異常にするものだった。
主人公の男女二人は、周囲の人達がその病気にかかっていくのにきづき、逃亡を始める。その病気に掛かった人たちが二人を追跡し追い詰め、最後は二人は殺される。そして、その時明らかになったことは・・・・・

例2.妹が読んでた少女雑誌にあったもの。

南の海に2つの対立する島があって、戦争になる。主人公は一方の島の王女とその親衛隊長。もちろん、二人は恋仲。もし戦いに負けたら、どこかの大きな島、あるいは大陸風な所のある場所で落ち合おうと約束をしている。で、戦いになり敗れる。王女たち一行が先にその場所に着き、親衛隊長を待つ。しかし、いつまでたっても来ないので諦め、自分たちで国を作ろうということで、奥地に行こうとする。どちらに行こうかと迷っていた時、空に大きな彗星が現れる。その彗星の向かう方向に行こうということになり、ジャングルの中に入っていく。
しばらくたってから、その親衛隊長がその場所に着く。王女達の向かった先を現地の人に聞くが誰もしらない。ただ、彗星の向かう方向に行こうと話して居たことがわかる。しかし、その時は彗星は消えていた。途方にくれていると、現地の長老が、「自分は子供の頃、あの彗星をみた。その頃の長老も子供の頃見たと言っていた。だから、あと何十年かしたら、また来るだろう」と話す。
で、親衛隊長は待つことにする(^^; 待たないで探せよ、というツッコミはなし)。
そして、待ってる間、どこからか、大きな水晶の球を探してきて、王女の等身大の姿を彫る(そんな大きな水晶はないだろうというツッコミもなし)。
そして、白髪のヨボヨボの老人になった頃、その彗星があらわれ、杖を付きながらその方向にジャングルの中に入っていく(位置関係が同じとは限らない、というのも無し)。

ハレー彗星をテーマにしたもの。確か、「水晶の天使」とかいう題だったかなあ。子供の頃、二人はどんな出会いをしたんだろうと
想像し、感動したものだった。

例3.トラウマになったもの

多分、手塚治虫じゃないかと思うんだが、探してもそれらしいのがない。
覚えているのは、ある一コマなんだけど、カリブの海賊風なのが船を襲う。その船には、コルセットをつけたドレスを身にまとってた女性が乗っていたのだが、その細くなった腹部に、ナイフが刺さったコマがあって、私はそれに恐怖を感じて、夜になるとうなされたものだった。多分、1年以上続いたと思う。もう一度あのシーンをみたいと思うのだが。

そんなわけで、漫画というのは、日本人の心の奥に残っている。誰にでもあるだろう。こういったものを保存して欲しいと思う。


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伊豆の長八展-吉祥寺美術館

伊豆の松崎にある長八美術館と記念館には今までに2度行ったが、今回美術展に行って改めて感心、感動した。
(伊豆に行った時の記録 → 最も美しい曲線
展示品は決して多くは無かったが、あまり見たことのない塑像類が多く、行って良かった。とりわけ神農像や、親鸞像、あるいは清水次郎長肖像画など、リアルで迫力があり感嘆した。一つ貰っていつまでも眺めていたいものだと思ったぐらい(笑)。また何度も見たはずの「近江のお兼」の細部の書き込みなど驚いた。手に持ってる団扇の絵や文字など実に細かくリアルなものであった。長八美術館よりは近くで見れたのかもしれない。次郎長の着てる着物の細かな繊維までもが一本一本書き込まれていて、唖然とした。なかには、絵を額縁に入れたように見えるものがあるのだが、その額縁自体が鏝で作った作品てのもあって、なかなか面白かった。しかも、その額縁の木目模様までが書き込まれていて、普通に木のように見えるのだ。なんというテクニックなんだろうか。

入場料はわずか100円。何度も行きたいが、交通費だけで千円越してしまうし(笑)。10月18日まで。

武蔵野美術館のサイトより、解像度を下げて転載
”ランプ掛けの龍”、天井に取り付けて中央にあるフックにランプを掛けるようにしたもの
名称未設定 1のコピー

”上総屋万次郎像”、表情がいきいきとしていて、リアルであり、前歯の掛けたところまで描写している。高さ20センチ程度だったかと。
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残念ながら、神農像や、親鸞像、清水次郎長肖像画などはネット上では適切なものは探せなかった。


追記10/11、2週間後、再度訪問。鏝の数々(ロビー展示のは撮影可)

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いくつも書いた富嶽の絵の中で最大のもの(吉祥寺美術館のサイトより、解像度を下げたもの)
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絵の周囲に4重に見える枠の内、一番内側のものは、竹の様に見えるが、鏝で描いたもの。後に誰かが竹と思って、上と左右のものに、防腐用の青い塗料を塗った。下側のだけが残ってて、それが本来の色。この写真では分かり辛いが、現物は古びた竹の様に見える。



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20世紀初めのカラー写真ーアルベール・カーンが記録した日本

カラー写真は戦後実用化されたものだと思っていたのだが、そうではないらしい。実は1903年にリュミエール兄弟によって特許が取られたオートクローム方式というのがあった。これは一枚の乾板によってカラー写真を撮るもので、それ以前にも3枚の乾板を使うものもあったとか。あまり実用的ではなかったらしいが。今のフィルムを使う形式のカラー写真は30年代にコダックによって作られた。ただ、古い写真で色が付いてるものは、多くは後に着色されたものだろう。ちなみに、カラー映画は30年代から開発が続けられ、54年に今の形式のものが出来たらしい。

フランス人のアルベール・カーンは、ダイヤモンドで巨万の富を築いたあと事業から引退し、世界を記録するために、50カ国にカメラマンを派遣し、72000点のオートクローム方式によるカラー写真と、約100時間分の白黒フィルムによる映像を残した。一部jカラー映像もある。今それらは、フランスのアルベールカーン博物館iに保存されている。
→ そのサイト日本風庭園のページ日本風家屋のページ

日本には、1908年から20年代にかけて3人のカメラマンを派遣して写真を撮らせた。本人も一度きている。この映像はその日本関係のものをまとめたもので、BBCが作った番組。特に日本の風俗・文化に関心を持っていて、皇族や政治家とも交流があったとか。地方のなんでもない家屋や民衆の写真が多く、感動させられる。



カーン自身は36年に世界恐慌の影響で破産、無一文になり、40年に亡くなったとか。

これらの写真に生活感がないという批判もある。確かに、農婦などの着ている服は変に綺麗だ。普段の作業着ではない。おそらくは晴れ着に近いような、最上等の服の洗い立てを着ているのだと思う。ただ、それはやむを得ないことだろう。当時は、写真に写ること自体、生涯に一度というレベルの珍事であったはず。特に田舎の人間にとっては。

私の子供の頃だって、カメラを持っていた人なんてほとんどいなかった。子供時代の写真がない人はかなりいるはず。私の父親はカメラマニアに近く、白黒写真を撮っては自分で現像していた。私はよく写真を撮られていて、他の子の視線を感じてもの凄く嫌だった。今でも撮られるのはいや(笑)。あるとき12枚撮りのカラーフィルムを入れていて、私に1枚だけ撮って良いと言って貸してくれたのだが、私は何の気なしに2枚とって、もの凄く怒られた事がある(笑)。多分現像や焼付けの代金が高かったのだろう。

20世紀という時代は、変化が強烈だ。写真もそうだし、録音もそう。19世紀終わりの蝋管型、円盤型から、デジタルにまで進んだ。航空機もライト兄弟が初飛行したのが、1903年だし。

科学技術に限らず、政治の世界も、20世紀初めは世界中が欧米の植民地だったのが、ほとんど独立国になった。共産主義旋風が吹き荒れてソ連ができたのが、18年、崩壊したのが、91年。その間、独裁と虐殺とで1億人が殺された。今でも、偽共産主義の北朝鮮や中国がいて、それを信奉している狂った連中もいるが。

テーマ : 何気ない日常の写真
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