アラブと朝鮮の奇妙な類似・・・現代史において

最近思ったのだが、中東のアラブと朝鮮は色々と似ている点がある。民族の内実ではなくて、外形的な歴史で。

1.アラブはトルコ領から第一次大戦後、英仏の支配(国際連盟の委任統治)を経て独立、朝鮮は日本領から第二次大戦後、米ソの支配を経て独立

2.独立は自力でのものではなく、他国に援助されてのものだった

3.他の植民地のように収奪や奴隷扱い、虐殺などの対象となっていない

4.にも拘らず、旧宗主国への恨みが大きい

5.国内サヨクがしきりに持ち上げ、その恨みを当然のものとしている


現代史を見ててイラツクことの双璧かもしれない。とにかくサヨクによる歪曲が酷すぎるわけだが。なんでそこまで持ち上げるのか、擁護しないといけないのかと。アラブも朝鮮も、遅れていた民族としては極めて厚遇されている。他の民族が虐殺され奴隷扱いされてる時に全く真逆の待遇を受けている。なのに文句ばかりを言い続ける。

アラブに関してはよくイギリスの二枚舌外交の被害者であったかのような言い方をされるが、仮にイギリスが独立をさせてないならそれは言えるだろうが、フランスと共にちゃんとあの辺り一体を独立させたのだ。文句を言われる筋合いはない。前にも書いたが(→ ページ)、3つの宣言・条約に関して特に矛盾もないようだ。イスラエルを独立させたのは戦後の国連だし、英仏やユダヤ人が勝手に占領して独立したのではない。イギリスもその建国の約束はしていない。この辺りはものすごく歪められているようだ。そもそも英仏は中東支配においてなんの利益もえていない。それどころか、後にスエズ運河をエジプトに奪われてる。何の企みもなく一方的な独立援助をしただけである。

二枚舌というなら、20世紀始め、フィリピンで起きたアメリカとスペインの間の戦いで、アメリカはフィリピンの独立軍に独立の約束をしてスペインを攻撃させていながら、アメリカの勝利後はその約束を反故にし、独立軍の掃討をして、20万も殺したらしい。こちらこそが二枚舌だろう。なんで中東に関していうのか、全く不当な言い掛かりである。

朝鮮半島も、日本によって学校4千校を作ってもらい、女子にも教育の機会が与えられ、奴隷制を廃止され、道路水道病院などの近代国家としての基礎が築かれている。それまで汚れた川で洗濯したり飲水にしたりといった不衛生な状況から大きく脱して(W.バードの「朝鮮紀行」参照)、人口も2倍に増えてる。虐殺とは真逆だ。日本風氏名を強制されたなんてまったくのウソで、単に日本人のふりができて中国なんかで大きな態度が取れたというメリットしかない。今もやってるが(笑)。朝鮮名のまま、日本陸軍の将軍になった人さえいるのに。

かつて、日本は朝鮮に良い事もした、なんて発言をして大臣を止めさせられた人がいたが、可哀想な話だ。日本は朝鮮に良いことしかしてないのだが(笑)。強制連行なんて真っ赤な嘘だし。全てが、募集と応募でしかないのは、彼らの書いた「朝鮮人強制連行の記録」という本を見ても明らかだ。原文がそうなんだけど、なぜか強制連行だって事にしてる。

2.の自力での独立ができなかったのが、却ってそういう方向にねじれた原因かもしれない。ベトナムやインドネシアのように何年もの戦いの後の独立ならば、満足できたのだろう。しかし、彼らはそれをやろうとはしていない。常に強者に屈服していた。

3.に関しては説明の必要もない。大規模な虐殺は起きていない。むしろ、朝鮮戦争の時期に韓国政府が済州島などで自国民に対して起こしている。戦後朝鮮人が日本に来たのもその影響が大きい。これについては、いわゆる軍艦島で奴隷労働をさせられたなんて話を日本政府が飲んだのはまずかっただろう。たかが世界遺産のために譲歩してしまった。慰安婦問題と同じミスだろう。

上のフィリピンの虐殺と同じ頃、インドネシアにおいても、オランダに従わなかったアチェ地方に対して、オランダ軍は10万規模の虐殺をしている。こういった事は当時世界中であったのであって、良いことではないが、普通であった。しかしアラブも朝鮮もそれはされていない。

4に関しては、まあ、民度が低いからって事と、恨みをぶつける相手が他にいないからだろうか(笑)。

問題は5である。
戦後サヨクは歴史を徹底的に歪曲した。中東に関しては、おそらく戦後のアラブ諸国がソ連側についたので、イスラエルや欧米を貶める必要があったのだろう。朝鮮に関しては言うまでもない。ちなみに、80年代までは韓国は悪魔のようにみなされたが、90年代になったらいきなり好転している(笑)。89年に社会党と韓国政府との間に相互交流が行われ関係が変わった。これはおそらく慰安婦問題での共闘のためだろう。HPの「なぜ慰安婦強制という捏造がおこなわれたのか」のページ参照。

サヨくの捏造は主に80年代が多かった。慰安婦、731舞台、靖国神社問題、サハリン在住朝鮮人問題他。
しかし、戦後直ぐに行われたものもある。
それはGHQの日本人洗脳工作の尻馬に乗って行われた。(GHQの洗脳工作については、江藤淳氏の3部作がある)

例えば、「日本は竹槍でB29を落とそうとした」とか。当時そんなことを考えた日本人などいるわけがない。たったの一人もいないはず。何しろ、戦闘機でさえ登って行くのが難しい高度を取っていたのだ。これは、毎日新聞1944年2/22の新名丈夫記者が書いたコラム「竹槍では間に合わぬ飛行機だ、海洋航空隊だ」というコラムのタイトルのを逆手にとったものだろう。このコラムは、タイトルどおり、損耗の激しい海軍機をもっとつくれ、海洋の戦いで雌雄を決せよ、といった内容のものであって、タイトルはいわゆるレトリックであって、読者の目を引くたのものである。当時航空機の予算は陸軍と海軍で折半されていたので、もっと海軍機を増産せよといった内容である。このためにこの記者は陸軍に睨まれ、懲罰召集をされている。後に海軍に救われて報道班員になっている。

しかしまあ、こんな事はちょっと考えれば分かることなのになんでこんなものを信じたのだろうか。竹槍では模型の飛行機でさえ多分おとせない。紙飛行機だって無理かもしれない(笑)。しかし、サヨク連中は信じてたらしい。ちなみに、この記事が書かれた直前に、日本の連合艦隊が長年本拠地にしていたトラック島を失い、6月にはB29による初空襲が行われている。ミッドウエー以上の致命的な敗戦を喫するマリアナ沖海戦も6月。

もう一つ、朝鮮戦争に中国が参戦した理由として、「国連軍が中朝国境に迫ったから中国は参戦した」なんて説明をしているがこれもウソである。中国は国連軍が38度線を越えた時点で、参戦を決定している。
金日成は戦争前にスターリンや毛沢東にあい、戦争への協力を要請した。しかし、どちらからもいい返事はもらえず、スターリンからは反対された。しかし当時韓国には数百人の米軍しかいなかったので勝てるとみて攻め込んだが逆襲されて押し返された。そして、国連軍が38度線を越えた時点で、毛沢東は参戦を決断、部隊を北朝鮮領内に進入させはじめた。道路は使わず山中を夜間に進軍という形で南下していき、北上する米軍をやりすごして、背後に周り包囲するという作戦をとった。最初の衝突は長津湖で起きたが(場所は、→ 長津湖)、北朝鮮の中部と行っていい場所である。ここであの米軍第1海兵師団の撤退戦が行われている。とにかく、戦後サヨクというのは、社会主義国の擁護をし続け、敵対勢力は貶め続けた。それが一つの政治勢力としてやったのならまだいいのだが、メデイアを支配していたために、それが真実であるかのように広まってしまった。今後は全てを否定していく必要がある。

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オバマとプーチンの人間性・・・ノルマンディー上陸記念式典で

映像そのままの紹介になってしまうのだが(笑)、ページにおいておかないと忘れるので備忘録として。


2014年に行われた、ノルマンディー上陸70週年記念式典における映像。

原爆の映像が出て、ダンサーたちはストップモーション
kaku2.jpg

ガムを噛みながら拍手するオバマ
obama2.jpg

沈痛な表情の首脳たち
shunou.jpg

十字を切るプーチン
putin.jpg

まあ、この一瞬でどうというのもいけないだろうけど、こういう所に本性ってものが出るのではないのだろうか。
どうも、前からオバマってのは気にいらない。中東やウクライナをおかしくした責任の一端、あるいは相当な部分があるだろう。南シナ海で中国が好きにやってるのも放置してるし。戦えとは言わないが、世界で警察的な行動ができるのはアメリカしかいない。なのに無責任に対応してきた。そういう性格がこういうところにも出てるのではないだろうか。

プーチンは強面ではあるが、非常に現実的な政治家だろうと思う。北方領土交渉では譲らなかったが、国内的な立場もあるだろうから、そう軽々しくはできないのも分かる。トランプと上手くやってくれればいいと思う。中国などよりはるかに信用できる。まあ、ロシア民謡を楽しんで、しかも規律正しく歌う民族だから、信用していいような気がしてるのだが(笑)。

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樋口中将のユダヤ人救出、肥沼医師のドイツでの治療活動

戦前戦中の日本人、とりわけ軍人の行為は、悪い、愚かしいという前提で語られることが多く、普通に見て立派な行為だろうと思われる事でも、歪められたり無視されたりしている。駆逐艦「雷」の艦長工藤中佐によるイギリス水兵救出などもそうだろう。戦後、GHQ史観をそのままサヨク集団が受け継いで日本人を洗脳していった。これは全てを否定してかからないといけない。あのインパール作戦でさえ、公平に評価をしなおすべきだろう。歪んだ評価しか受けていないと思う。また一方で、連合軍の残虐行為は全て無視、あるいはなかったことにされているが、これもおかしい。この件に関してはリンドバーグが記録を残している。→ そのページ。

満州でユダヤ人数千人を救った樋口中将と、戦後の混乱したドイツの田舎町でチフス患者の治療に専念して倒れた肥沼医師の動画をたまたま続けてみたので、まとめた。


樋口中将についてはあまり知らなかった。終戦時は北海道の守備軍司令官だったとか。そしてあのソ連軍の侵攻を阻止したらしい。当時は陸軍の中枢は機能しておらず、独断での行動だったとか。日本が分割されずに済んだのはとてつもなく大きな事だ。これは米軍の好意、あるいは戦略という面もあるとは思うが、この人の行動がなかったら、今の北方領土と同様、既得権としてソ連のものになっていただろう。また高位の将軍であったにも拘らず、戦犯の追求を受けなかったのは、アメリカのユダヤ人団体の意向があったからだとか。


肥沼医師については全く知らなかった。戦時中ドイツに留学していて、放射線治療の研究をしていた。そして、東欧方面からのドイツ人帰還者の治療にあたったらしい。特にチフス患者が多く、身を呈して治療にあたったとか。費用は受け取らなかったらしい。そして最後は自らチフスに罹患して亡くなった。世の中には立派な人がいるものだ。こんな人達に比べれば、戦後のサヨク、「進歩派」などの連中は唾棄すべき存在だろう。

工藤艦長についての映像もあった。戦場で艦艇を止めて救助するのは極めて危険な行為であるだろう。

己を語らず。それはいい言葉ではあるのだが、戦後、サヨク集団の逆宣伝の踏み台となった。外国やサヨク集団に対しては、過去の日本の倫理は通用しない。このように表面化しなかった例は他にもあるのだろう。

(2017/9/9追記)
この時のスラバヤ沖海戦で撃沈され後に福岡で戦後まで過ごした兵士の遺族が、親しかった少年を探しに来たというニュースが西日本新聞に出ていた。工藤中佐が救った兵士かもしれない。→ 魚拓
(追記終わり)

※1 戦前に東欧に移住していたドイツ系住民が、戦後その地を終われドイツに帰還するのだが、その過程で300万人が殺されたという。もちろん、これは推定であって、確かな数値など求め様もないが、まあ、それに近い事態はあったのだろう。

※2 私は戦記物を子供の頃からよく読んできたが、それらの本はほとんど全てが、日本の戦争は間違っていた、愚かしかった、悪かった、という前提で書かれていたと思う。いかに日本の戦争指導が酷かったか、愚劣だったかという事を執拗に書いていた。もちろん、私も当時はそう思ってた。しかし、英米側の記録や他の戦争ものを読んでいるうちに、それは違うのではないかと思えてきた。

例えば、戦国時代についての歴史書で、織田信長は美農や畿内を侵略し罪もない民衆を殺し、間違った戦争を行った悪の存在だ、などとかいているものはないだろう。小説などはまた別だが。どんな国や将軍についてもそれはないだろう。よほど残虐なケースでもない限り。そしてそのような公平な書き方は、おそらく第一次大戦辺りまでについては続く。ところが、第二次大戦辺りからそういう公平な書き方は消えていき、価値観の表明が表立って行く。左翼勢力の歴史観が押し出されてくる。とりわけ日本の戦争については、日清日露あたりから、日本の侵略戦争で間違っていた、アジアの人民を苦しめたものだったなどというものが出てくる。主観的な評価が歴史書の中に入ってくるのだ。それは2つの方向からだろう。1つは日本が白人の支配に対抗したこと、もう一つはサヨクの視点からである。戦前の歴史は欧米が正しく日本は間違い、戦後の歴史は共産側が正しく欧米日は間違い、というのが前提としてある。

私は、あの開戦はむしろ良かった、戦わないよりは良かったと思っている。それが正しいとか正しくないとかではない。あの時期しか戦うタイミングはなかっただろうと思う。そして、それを逸したら、さらに酷い未来が現れただろうと思ってる。人はあの結果だけを見て、開戦は間違っていたというが。

一応、そう考える理由を書いておく。
1.まずアメリカは必ず日本に戦争を仕掛けただろう、という事がある。それはアメリカの歴史に現れている。メキシコ、スペイン、ベトナム、イラク。なんらかの理由を付けて開戦している。当時イギリスは欧州で孤立していた。アメリカが参戦する以外に処理のしようなない事態だったし、事実上、補給や義勇軍でアメリカも既に参加していた。

2.アメリカは当時大艦隊を建造中だった。正規空母20隻以上。軽空母、護衛空母、数十隻。これらは昭和18年には戦場に出てくる事は分かっていた。ちなみに、B29の試験機も1938年には飛んでいた。昭和16年当時は、太平洋に関しては日本軍がやや優勢である。

3.当時、日本は石油の禁輸を受けていた。2年も放置されれば、国内からは石油は消えていただろう。

4.あまり注意されないことだが、フィリピンはアメリカの占領下にあった。いつでも南方との連絡を絶つことができた。

5.その状態でケンカをふっかけられたら、日本に勝ち目はない。一方的に破壊され占領されただろう。

6.問題はこれなのだが、その場合、アメリカは他の民族支配と同様の占領政策を取っただろう。ハワイ王朝を潰し、イラクのフセインを晒し者にした。それと同様にしただろう。日本は新大陸の民族同様の扱いをうけただろう。日本文化、民族は消滅に近い状態になっただろう。他国に分割占領を許したかもしれない。

7.戦った結果、日本を軽視できないという実感を与えた。戦後の米軍の占領政策が比較的良心的だったのは、そのせいだろうと思う。それは、オーストラリア、ニュージーランドでの、マオリ族とアボリジニとの扱いの差にも現れてるかもしれない。勇敢に戦ったマオリ族は一定の地位を取れたが、アボリジニはずっと虐殺の対象となった。

日本が開戦をしなかったら平和が続いただろうというのは幻想にすぎない。戦争を仕掛けなければ仕掛けれる事はない、などと考えるのは馬鹿げた話だ。世界史をみれば分かることだが。第2次大戦の経験だけで、戦争を語るのは間違いだ。なぜなら、それは日本に起きた特殊な事例に過ぎないから。世界史においてはそれは一般則ではない。愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ、という。これもその一種だろう。

続く

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パレスチナがイギリスに謝罪を要求・・・アラブは一方的な被害者なのか

戦後の中東諸国の扱い方には疑問を感じる事が多い。英仏は中東諸国の独立を支援した側なのだが、なぜか一般的に、アラブは英仏の利益追求に翻弄された可哀想な犠牲者であるとするような報道が多い。彼ら自身もそう思ってるとこの報道で知ってちょっと驚いた。自分らで独立できなかったのを人のせいにするとは。

バルフォアっ宣言から100年になるのを期に、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長が、イギリスに対して謝罪と国家としての承認を要求したらしい。→ 魚拓

第一次大戦まで、中東地域はオスマントルコの支配下にあった。トルコと戦った英仏は、トルコの背後を撹乱することを目的に、アラブ人たちに独立の約束をして反乱を起こさせた。あのアラビアのロレンスがまさにその象徴的な存在である。そして、この事態には3つの協定、宣言が絡む。

1915年10月 - フサイン=マクマホン協定(中東のアラブ独立・公開)
1916年5月 - サイクス・ピコ協定(英仏露による中東分割・秘密協定)
1917年11月 - バルフォア宣言(パレスチナにおけるユダヤ民族居住地建設・公開)


よく二枚舌、三枚舌外交とかいって糾弾されるが、そもそも、他民族の独立に誠心誠意、純粋な善意でやる義務など無い。費用と兵士の命が掛かってるのだ。そんな事は自国の国民に対する背任行為だ。独立だって、アラブ人達が望んでいた事だ。お互いの利益になるものであって、一方的に英仏の利益が貫徹されたわけでもない。英仏の支配はせいぜい20年かそこらだし。

またこれら3つの宣言は矛盾してるとよく言われるが、そうでもないようだ。マクマホン協定では、地中海沿岸のパレスチナやレバノン、シリアは含まれていない。だから、イスラエルを建国するのは矛盾しない。
サイクスピコ協定は、イギリス、フランス、ロシアの勢力範囲の取り決めだが、確かに統治などはしたが、結局は独立させてるわけで文句を言う筋合いもないだろう。
で、バルフォア宣言は、ユダヤ人居住区の設定。これはアラブ側からしたら背反だろうけど、文意としては矛盾しないようだ。この時点ではあくまで「居住区」の設定であって、イスラエルの建国は戦後の国連の決定によるし、そもそも、この地域はマクマホン協定に入っていない。またその間にはナチによるユダヤ人殺戮が入ってくるので、状況としても変わる。

こういった状況で、中東地域は、オスマントルコの支配から、英仏露の勢力下に入り、国際連盟による委任統治を経て次々に独立する。

1922年 - エジプトがイギリスから
1925年 - イランがイギリスから
1932年 - イラク王国がイギリスから
1932年 - サウジアラビア王国が成立(各部族の闘争の結果、イギリスが承認)
1943年 - レバノンがフランスから
1946年 - シリアがフランスから
1946年 - ヨルダンがイギリスから
1948年 - イスラエルがイギリスから
1961年ークウェートがイギリスから
1971年 - バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、オマーン、 バーレーンがイギリスから


ベトナムやインドネシアと違って長年に及ぶ独立戦争はせずに済んだのだ。感謝すべきだろうに。ベトナムで約10年、インドネシアは5年も戦って独立を達成している。なんでこんな状況で英仏を恨むのだろうか。国境線の線引きがどうとか言う向きもあるが、じゃあ、アラブ人に任せてすんなり行ったのか。100%あり得ない。混乱が続いただけだろう。なんでも自治でできるというのは幻想だ。今の状況をみると、戦後の独立ブームにはむしろ疑問符を付けたくなる。また、この過程でいわゆる独立戦争は中東では起きていない(と思う)。いくらかの騒乱はあっただろうけど。

問題はむしろ、アラブ側による、イスラエルへの侵攻である。イスラエルの独立は戦後の国際連合によって決められた。英仏が勝手に決めたわけでも、ユダヤ人が勝手に入ってきて占領したわけでもない。この辺りは、かなり誤解があるような気がする。多分日教組なんかの影響だろう(笑)。私自身、中高の頃はそんなイメージを抱いていた。

ちなみに国連での決議直前のこの地域の人口比(wikipedia)

       アラブ人と      その他ユダヤ人
帰属     人口 国内比率  人口 国内比率 人口合計
アラブ国家 725,000 99%   10,000  1%    735,000
ユダヤ国家 407,000 45%   498,000  55%    905,000
信託統治 105,000 51%   100,000  49%    205,000
合計   1,237,000 67%   608,000  33%    1,845,000
1947年9月3日に提出されたUNSCOPの報告書の第4章 A COMMENTARY ON PARTITION より臨時委員会


確かにアラブ人よりは少ないが、60万ほどいた。かつての故地なんだから居て当たり前ではあるが。エルサレムにも10万人のユダヤ人居住区もあった。これが日本だと、ユダヤ人が全くいない地域に最先端の武装で身を固めたイスラエル兵士が攻撃をしかけ、貧しいアラブ人たちを殺戮して占領するといったイメージの人が多いようだ(笑)。テルアビブ空港に特攻した岡本公三なども、そんな思い込みがあったのではないだろうか。実態はその逆であったのだが。

国際連合の決定に異論があるというのなら、もはや話し合いの余地などない。何をか言わんやである。戦後世界は国際連合が決めたのだ。嫌も応も無い。従うしか無いことだ。しかも、イラク、レバノン、シリアなどは国家としてこの決議に参加しながら、決定を受け入れていない。その事の方がはるかに問題だろう。まるで今の日本の野党である(笑)。多数決を否定しておいて、「民主主義とはなんだ」とか叫んでるし。

ArabIsraeliWar.png
1947年11月に国際連合でパレスチナ分割決議が承認され、翌年5月14日にイギリスは撤退、15日から独立という事となった。そして、その真夜中、15日の深夜零時を期して、周辺のアラブ諸国から一斉に軍隊が侵攻してきた。この地域では独立戦争は起きずに、独立後の違法な侵略が起きるという異常な事態となった。まるで、自衛隊が成立する前に竹島を占領した韓国である。

周辺諸国は国家が成立していたために、軍隊があり戦車や航空機をもっていたが、イスラエルには何もなかった。政府組織や軍隊組織さえなく、各地のゲリラ部隊が、ライフルと火炎瓶、一部大砲を使って戦った。戦力比は、アラブ側15万、イスラエル側3万である。そして、信じられない事に、イスラエルが勝った(笑)。当初は、国家が成立していないために、外国からの援助も一切受けられずに戦ってる。不思議な戦争であった。

ちなみに、「中東戦争全史」(田上四郎)によれば、5/14の時点での兵器は
             戦車     装甲車   野砲・高射砲  戦闘機爆撃機
アラブ          40    200      360       74
イスラエル        1     2        29        0

確か、イスラエル側の戦車装甲車というのは、フランスのゴミ捨て場から拾ってきたもので、実戦には使えていない。


まあ、この辺りの話はこの問題とは話がずれるが、中東のアラブ諸国は実に幸福な独立をしたのだ。なんで文句を言うんだか。

ただ、パレスチナに関しては同情の余地はある。48年になっても独立できなかった。それはイスラエルのせいというよりは、周辺アラブ諸国のせいだろう。周辺諸国は第一次中東戦争の結果、パレスチナの領土を勝手に占領した。ヨルダン川西岸やガザ地区は、周辺諸国によって占領された。この状態はその後もずっと続く。イスラエルも占領はしたが、それは攻撃された側の当然の権利である。侵攻した側が何らかの謝罪、講和、賠償をしない限り返す必要などない。そしてアラブ側はそれをせず、パレスチナを放置した。

だから、恨むのなら、そういったアラブ諸国だろう。国連の決定を受け入れて、戦争をせずにパレスチナ国家を作れば良かったのだ。そして、国力を蓄えて、その上でイスラエルを攻撃するなりすれば良かった。方針の間違いである。


☆ 戦後の中東やパレスチナ問題に対する国内サヨクの対応

全体を総括できるわけではないが、これにはかなりの問題があったと思う。しかも、最近では殆ど言わなくなって放置状態にしていて二重に無責任である。

日教組もメディアも中東の戦後、とりわけ、中東紛争についてはまともな説明をしてこなかったと思う。せいぜい、欧米やユダヤ人の被害者ということしか言ってこなかった。

例えば、ヨルダン川西岸について。私はこれがなんなのか学生時代にはよく分からなかった。ヨルダンじゃないらしい。じゃあ、なんなのだ。これについてまともな説明を教師から聞いたことはない。これは要するに中東戦争のドサクサにまぎれてヨルダンが勝手にパレスチナの地を占領していたのだ。これこそ不法な占領である。しかし、そんな説明など聞いた事がなかった。

中東戦争の発端。これもまともには説明されていない。細かな話ではあるが。
まるで、一方的にイスラエルが起こしたかのような説明であったようだ。第4次まである戦争だが(これにカウントされない紛争もあるが)、4回とも全て、アラブ側のアクションによって起こっている。
第一次は、上に書いたように、全周囲からの奇襲攻撃である。
第二次(スエズ紛争)は、エジプトのスエズ運河領有宣言によって起きた。
第三次は、戦いを起こしたのはイスラエルだが、その前に、エジプトがチラン海峡を封鎖し、攻撃の姿勢を見せていた事に対してイスラエルが予防的に起こしたものだ。
第四次は、エジプトの完全な奇襲攻撃で、さすがのイスラエルも意表を突かれ押されたが、最後にはエジプト本土にまで押し返した。

そして、あの有名な、デイル・ヤシーン村虐殺事件(1948/4/9)。国連決議からイスラエル独立の間の紛争状態に起きた事件。イスラエルの悪辣さを代表する事件として、かならずと言っていいぐらいサヨク側から名前を挙げられる。イスラエルはこれほどに残虐だと批難の材料に使われた。中東戦争はここから始まったかのように言う人さえいる。しかし、それは違うのだ。理由は3つ。

1.まず、20年代から双方のお互いへの攻撃はずっと続いていたということ。アラブ側過激派も相当な事をしている。
2.犠牲者は百人台前半のようだが、その程度の虐殺など、世界中で起きてる。いいとは言わないが。オランダはインドネシアアチェ地域の反乱に対し、10万人規模の殺戮を行い、一村皆殺しなどをやっている(20世紀初め)。
3.最も大事なことで、なぜか言われない事だが、実はこの事件には背景があった。エルサレムのユダヤ人居住区10万人に対する、アラブ側による包囲と、給水停止である。ユダヤ側はこの地区をを救おうとする作戦を起こし、その過程で起きたものである。良いとは言わないが、10万人の命がかかっていれば、あせるのもしょうがないだろう。

1.については、上記田上本から例を上げれば(無数にあるけれど)、
「2月22日はエルサレムの数カ所のユダヤ人アパートが破壊され、50人の死者と70人以上の負傷者を出した。」
「47年12月30日ユダヤ人のテロリストが山頂から谷地のアラブ人部隊に爆弾を転がし、アラブ人の死者6名、負傷者47名をだした。その報復としてユダヤ人労働者41名が、殺された」


3.については、
「ナチソン作戦・・・この(エルサレムの)10万余のユダヤ人の生活物資は、テルアビブからエルサレム道を通って補給された。飲料水はテルアビブ東方の20kmにある井戸からポンプによって給水された。この補給路がアラブ人によって閉塞された」
この状況を打開するために作戦が、ナチソン作戦。
で、その2都市を結ぶ道路を見下ろす高地にこの村はあったのだが、
Over the next few days, the Jewish community at Motza and Jewish traffic on the road to Tel Aviv came under fire from the village. On April 8, Deir Yassin youth took part in the defence of the Arab village of al-Qastal, which the Jews had invaded days earlier: (英語wikiより)
その交通路がデイルヤシンの村から戦火を浴び、またその村の若者達が戦いに参加した、という状況があった。
またこの事件の報復として、数日後、ユダヤ人側の医師、看護婦77人が殺されるという事件が起きてる。

この事件を取り上げて深刻そうに語る人は多いだろう。まるで自分のヒューマニストぶりを誇るかのように。しかし、それはただの無知なのだ。とにかく対立関係がパレスチナ全土で高まってたのだ。何も起きてない平和な村がいきなり襲われたなんて状況ではない。そもそもそんな事をする理由もない。南京事件捏造と同じナンセンスだ。この辺りをサヨクは歪曲して一方的な宣伝をして、下部の信者たちはそれをそのまま信じる、という状況が日本の戦後では続いてきた。

日本の国内サヨクにムカつく理由はいくつかあるが、この何も考えず、ただ上からの説明を盲信して、その言葉をそのまま繰り返すという知性の欠片もない反応も大きい。彼らは何か真相を知ってるかのような態度を取るが、そうではなく、ただ上からの説明を信じてるだけなのだ。それなのに、いかにも真相をしっているかのような態度を取る。それが許せない。ジョージオーウエルの「動物農場」で、反乱を起こした動物側が、"two legs bad,four legs good(二本足は悪い、四本足は善い)"と唱えるのと何も変わらない。知性が凍ってしまった集団というのが許せない。自分で調べもせず、考えもしないのがこういった連中なのだ。




続く




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朝日の慰安婦報道は、「誤報」じゃなくて「捏造」

もはやこんなページを作る意味もないとは思うが、出来るだけ多くの人の目に触れさせないといけない。慰安婦騒動の元になった、吉田清治の本が根拠のないものだったと遂に朝日が認めた。

この慰安婦問題は、完全な捏造、日本に対する誹謗中傷のために作られた事案である。
吉田自身はそんな大それた意図でやったのではない、多分(笑)。自分の過去の誇大表示、サヨ連中への媚で書いたものであろう(83年出版)。それは実は出版されてしばらくは大した問題とはなっていなかった。しかし、80年代末になってサヨ連中の手によって、日本攻撃の強烈な手段として採用された。

当時、日本軍駐屯地で商売をしてた朝鮮人売春婦が、強制的に軍によって連行された性奴隷だったと世界に発表された。正直にいって、私自身もそれを信じた(笑)。まさか嘘だとは思わなかった。恐らく90年代前半までは、国民全体が信じたのではないだろうか。教科書にも載った(なんと中学生用の歴史の教科書にも!)。

当時から、それの嘘を指摘する人はいた。評論家の上阪冬子氏である。当時雑誌の「正論」か何かに、慰安婦はただの売春婦である、といった内容の寄稿をしていた。当時の私は、トンでもない失礼な人間がいるものだと思ってしまった(笑)。不明を恥じるしかない。もうすでになくなられていて、どうしようもないが。

ただ、当時ネットが広がり始めていたのが、日本にとってかろうじて救いとなった。90年台後半にかけて、それが捏造だという事が段々と知られていった。

ただ、これの発案者は一般の意に反して、私は朝日ではないとは思う。多分、社会党周辺の人物や「市民団体」(笑)。
しかし、これを世界的に広めた主犯であることは間違いない。今、日本にかけられてる汚名をもたらした主導勢力ではある。
以前、この事については書いた。その要旨は、北朝鮮による拉致問題へのカウンターとして捏造された、というものだ。時期的にピッタリ合う。基本的にはそれで間違いないとは思うが、若干良く分からない面もあるのは事実。調査中。

朝日の報道が、誤報ではなく捏造である、というのは以下の理由による。

1.吉田本が韓国で出版された時(89年8月)、現地の調査で嘘だと分かっていた。
2.朝日が大々的に宣伝した(92年1月)「軍の関与」が全くのウソで、そうは取りようがないものだったこと。
3.吉田清治自身が嘘だと認めたこと(95年)


こも内、吉田本関連のウソを、何十年も経ってやっと認めた。凄まじいデタラメブリである。しかし、陸軍の通牒問題(上の2)はまだ認めた形跡はない。


以下、朝日の記事のネット版をもとにしてチェックしていく。

1.朝日の記事「慰安婦問題とは」から

もともとこの問題は、当初から論理が破綻している。
たとえば、その記事の最初の方にあるこれ、

>Q 慰安所はいつ、どんな経緯で作られたのか。
>
> A 満州事変の翌年、32年の上海事変で日本兵が中国人女性を強姦(ごうかん)する事件が起きたため、反日感情の高まりを防ぐためとして九州から軍人・軍属専用の慰安婦団を招いたとの記録がある。


強姦を防ぐために、別の国から強制連行して性奴隷にするとか、一体なんなのか。そんな事なら、強姦を放置すればいいわけで、そんな手間をかける意味がない。強姦などを防ぐための、ある意味人道的な制度が、逆に性奴隷のシステムだとされてしまった。

あとこれ、

> 一方、フィリピンやインドネシアなど占領地では、日本軍が直接暴力的に連行したとの記録もある。

このフィリピンなどの記録というのも、ただの兵士のメモなどからそれらしい記述を拾ったもので、どこまで信憑性があるのか、正確な記述なのか分からない。それを戦争直後に裁判が行われたインドネシアの件と一緒にする事で、一般的なものであったと思わせようとしている。

>Q 慰安婦の暮らしは?

> A アジア女性基金のサイトでは「(慰安所で)兵士は代金を直接間接に払っていたのはたしかですが、慰安婦にされた人々にどのように渡されていたかははっきりしません」と記す。


慰安婦が物凄い額の貯金をしていたのは、はっきりしているのだが。勿論全員がそうだとはもはや証明は出来ないが、日本に残された貯金の記録や、米軍の尋問でも一致した結果になっている。契約書を作って、年限を決めて働きに行っている。戦前だって通常の商業活動は行われていたのだ。そうでなければ、国際連盟の理事国までなれないだろう。まるで戦前が暗黒時代だったかのような印象操作が今まで行われてきたから、どんなデタラメ捏造しても大丈夫だと思ってるんだろう。

>Q 慰安婦問題が国内で知られるようになった経緯は。

> A 戦後まもない時期から兵士の体験談や手記で触れられていた。70年6月、作家の故千田夏光氏が週刊新潮で「慰安婦にさせられた」という女性や旧軍関係者の聞き取りを紹介。
73年にルポ「従軍慰安婦」を刊行した。当時はまだ戦時下の秘史という扱いだった。


これも歪んだ記述だ。秘史なんてもんじゃなくて、普通に映画や小説で描かれていた。勿論ただの売春婦として。
「慰安婦問題」というのは、あくまで、80年代になって吉田清治が「強制連行した」との記述が出発点となったものであって、それ以前のを出すのはそこを誤魔化し、いかにも戦後ずっとくすぶってたかのように装うため。汚い手口だことだ。

2.朝日の記事「強制連行 自由を奪われた強制性あった」から


>もともと「朝鮮人強制連行」は、一般的に、日本の植民地だった朝鮮の人々を戦時中、その意思とは関係なく、政府計画に基づき、日本内地や軍占領地の炭鉱や鉱山などに労働者として動員したことを指していた=注②。
>60年代に実態を調べた在日朝鮮人の研究者が強制連行と呼び=注③=、メディアにも広がった経緯もあり、強制連行は使う人によって定義に幅がある。


これは、60年代に出た『朝鮮人強制連行の記録』という本のことだが、それを見ると、そこに引用されている元々の資料には強制連行らしき表現はない。ほとんど全てで、「募集ー応募」という言葉が使われてるのだが、それにつけた著者の記述が、いちいち全て「~こうして朝鮮人は強制連行された」になってて、笑えるというか呆れる(笑)。新聞などで募集されたものである。それが強制連行であった証拠など全くないし、そんな国家を挙げた組織的な事件が起きていた証拠など全くない。

これについては、一部に、戦前の人身売買などの例を取り上げて、まるで日本に責任があるかのように言う向きがあるが、今だって人身売買などは起こっている。東南アジア辺りから日本の風俗街に売られてきた事件が時折起こっている。勿論、それは犯罪であり、それをやった個人や組織が訴追されるべきもので、そういった犯罪が起きたからといって、政府の側に責任があるわけがない。

話にならない。かなり以前に読んだのだが、確かそれには慰安婦の強制連行の記述はなかったと思う。これは慰安婦問題が後年捏造されたという逆の証明になる、貴重な本である(笑)。各地の図書館にあるはずだから見て欲しい。また、『在日』という、在日側が戦後の在日朝鮮人のあゆみについて作ったビデオがあるのだが、それにもない。わずかにナレーターの言葉にあるだけである。で、そのビデオが発売されたのが、なんと既に問題化したあとの97年。だから急遽その言葉を入れたのだろう。それ以前の、映像を集めている段階では意識してなかったらしい。

ついでに言うと、「38度線」という、朝鮮戦争を題材にしたオランダ映画があるのだが、それには、朝鮮人慰安婦の生々しい生態が描かれている。欧米がこういったものを描くとなんだか気持ち悪い描写になる(笑)。昔は「モロッコ」というやはり戦場売春婦を描いた映画があった。砂漠を行軍する部隊の後を女たちが付いていく、というシーンで終わる。こういった事は昔からありふれていた。とりわけ戦場では稼ぎが多かったはず。

> 93年8月に発表された宮沢政権の河野洋平官房長官談話(河野談話)は、「慰安所の生活は強制的な状況で痛ましいものだった」「募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」と認めた。関係省庁や米国立公文書館などで日本政府が行った調査では、朝鮮半島では軍の意思で組織的に有形力の行使が行われるといった「狭い意味の強制連行」は確認されなかったといい、
談話は「強制連行」ではなく、戦場の慰安所で自由意思を奪われた「強制」性を問題とした。


これが問題である。最近のサヨクの得意技「強制性」
これを問題にすること自体がおかしいって何でわからないのか、それが分からない。この時代の慰安婦は、雇用主がいて、彼女らは従業員である。自由意志で動けるわけがない。兵士だってそうではないか。彼らも「強制性」の奴隷だったのか。まあ、そういう解釈も出来るとは思うが(笑)。他の会社員、公務員など全てそうである。これは、慰安婦が自由業であるかのように思わせて錯覚させる卑劣な手。

しかも、その場所は戦場である。自由な行動が取れるはずがない。被災地だって行動は制限される。自由な行動を許してたとしたら、そこの司令官の責任問題だ。敵に狙撃されるかもしれないし、敵のスパイとして活動されるかもしれない。なんでも今の日本の安全な状況を前提として考えがちだし、この手のサヨクはそういう方向にもっていって錯覚を誘おうとする。従軍記者だって、看護婦だって同じような行動の制限を受けていたはず。しかし、そちらの事には言及しない。これが日本のサヨクやマスメディアが常々使っている手。特定のものだけを取り上げて、その違法性や責任を追及する。決して似た事例と比較をしない。特定の政治家や企業追求するときはこの手を使って、テレビなどで晒しものにしてそれだけに意識が向くようにする。卑劣な手である。

朝日も他のサヨク集団も、早くから強制連行が成立しないと分かっていたので、この「強制性」に切り替えてる。その前には「広義の強制連行」ってのがあったが(笑)。

>93年以降、朝日新聞は強制連行という言葉をなるべく使わないようにしてきた。
>97年の特集では「本人の意思に反して慰安所にとどまることを物理的に強いられたりした場合は強制があったといえる」と結論づけた。

汚いことだ。強制連行で散々騒いでおいて、その言葉は使わないようにしてきたとか。卑劣極まりない。

>朝鮮など各地で慰安婦がどのように集められたかについては、今後も研究を続ける必要がある。
だが、問題の本質は、軍の関与がなければ成立しなかった慰安所で女性が自由を奪われ、尊厳が傷つけられたことにある。


当時の新聞に散々慰安婦「募集」の広告が出てるのだが。そんなものはネット上でいくらでも出てる。新聞社が出している縮刷版ででも見れるのでは。大体、自由を奪われるとか、じゃあ、今の風俗業ではどうなのか。職場内でそんな自由があるのか。あるわけがない。これも錯覚狙い。そもそも労働においてはなんであっても、そんな自由などない。しかも回りは戦場だ。保護のためにも自由な行動など許されない。職場の縛りと、戦場の縛り、二重の縛りがある中で商売している。その代わり、今の金額にして、毎月何百万もの稼ぎを手に入れる事ができたのだ。

>一方、インドネシアなど日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されています。

これは戦後直ぐに裁判にかけられて死刑になっている。これと80年代になっていきなり出てきた「慰安婦問題」を同列扱うのがおかしい。

とにかく、こういった記述で目に付くのが、なんとかして慰安婦を何か奴隷に近い存在としておいておきたい、という朝日の希望である。勿論それはサヨクの意向を受けている。


(続く)


テーマ : 歴史捏造「従軍慰安婦」
ジャンル : 政治・経済

慰安婦問題:中山成彬議員の衆議院予算委での質疑

中山成彬議員の質疑、2013年3月8日衆議院予算委員会
         (2013/6/1更新)

国会において、慰安婦問題の真偽を問う質問が、日本維新の会の中山成彬議員によって行われた。



最初の30分ほどは、経済、TPP関連、その後5分ほどは、宮崎の口蹄疫関連。これも酷い話である。

※30分から口蹄疫問題

13年前に発生した時は、直ちに対応措置が取られ、たった37頭の殺処分ですんだ。しかし、3年前の民主政権時は29万頭の殺処分となった。農水大臣はキューバを訪問してて、対応が取れなかった。
(私見:サヨク集団にとっては憧れの地を只で訪れるチャンスを見逃すはずはない(笑)。この手の人間にとっては、現実の問題など二次的な事であって、自分らの主観的世界が全てである。内ゲバに明け暮れるのもその現れ。現実の社会主義国家が破綻したのは当然の結果だが、日本のサヨクにとってはそんな事は眼中にない)。

※34分30秒より、教育問題

海外で、日本の留学生が韓国中国の留学生に歴史問題で虐められている件。
(私見:過去自分たちの祖先が不甲斐ない存在であったという事を理由に、当時の強者の子孫を責める権利を有すると考える事自体、実は情けない話なのだが。昔強かった奴は謝れ金を払え、などという恥ずかしい事は、日本人も、韓国人中国人以外のまっとうな国民もすることはない。普通は過去の事は過去の事として受け入れる。アメリカ大陸に連れていかれた黒人であれ、西欧に植民地支配されたアジアアフリカの民族であれ、過去の事を理由に金を要求したりはしていない。日本人も過去の不平等条約をネタに、英米に金を要求する事はない(笑)。中国人と韓国人だけが特殊でこういう考えをする)

※39分より、歴史問題

日本の朝鮮台湾経営は、欧米の植民地経営の手法とは全く違う。
台湾では八田技師が治水問題に努力されて、今では八田技師の日もある。
ソウルに地下鉄が出来たのは、1940年で、日本最初の地下鉄銀座線が出来た翌年である。
昭和12年までに5000キロメートルの鉄道をひいた。

京城帝国大学は、大阪帝国大学より7年早く、名古屋帝国大学より15年早く作られた。
韓国併合時には、公立学校は100校しかなかったが、昭和17年までに4271校作られた。

創氏改名は、朝鮮人の希望でなされ、氏の創設は自由であって強制ではない、との布告が発されている。
しかし、今の教科書には、強制と書かれている。麻生氏がかつてこの事を指摘した所、マスコミに批判された。
麻生氏の答え「この件で朝鮮の人たちの気持ちを傷つけたのは申し訳ないと当時謝罪した。今の時点での気持ちは言えない」
創始改名は強制と学生が答えた場合、それは正しいか、間違いか。
下村文科大臣の答え「国史大事典などでは、強制と書かれているので、間違いとは言えない」

※従軍慰安婦の問題

朝日新聞が軍の関与を示すと伝えた資料は「悪徳業者に注意しろ」という通達であった。
当時の朝鮮の知事、道議会の議員はほとんどが朝鮮人であった。官僚、警察も多くは朝鮮人であった。
だから、官憲による強制連行は考えられない。

親は娘が連れられて行くのを黙って見てたのか?
日本軍は軍紀が厳しく武士道の精神にもとづいて行動していた。

当時の朝日新聞(笑)によれば、朝鮮人の業者が人さらいをやっていた。
日本にもそういう可哀想な身の上の女性がいた。
世界中で慰安婦謝罪要求の決議が出され、銅像が造られている。
朝鮮人の活動は、騙される方が悪い、ウソも100回言えば本当になる、といった精神で行われている。

※歴史教科書問題

1951年、マッカーサーは、米国議会上院の軍事外交委員会において、日本が戦争をせざるを得なかったのは、安全保障上の理由からであったと証言した。都内では石原都知事の指示によって、独自教材にこの発言を入れたものを作って配付している。全国で配ったらどうか。
下村文科大臣の答え「良い副教材については全国で使われるような配慮をしたい」

かつて、故中川昭一氏、安倍氏などと共に平成9年、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」を作って、その活動の成果として、慰安婦という言葉を中学教科書から削除する事ができた。
日本の検定教科書や中国韓国の教科書を文科省のHPに出せないか?
下村文科大臣の答え「検定教科書を知らせる事は大事な事なので対応したい。ただし、外国の教科書については、難しい面があるので、民間で対応していただきたい」
台湾がかつて発行した地図には、尖閣諸島は日本のものだと明示してある。これも文科省のHPに乗せて貰いたい。

この委員会で歴史問題の集中審議をして頂きたい。その際、朝日新聞の関係者も呼んで欲しい。
委員長「理事会で協議する」

(以上、発言の抜粋終わり)

委員会で使ったパネルなどは、中山議員のHPで見れる。


*************************************************************************

以下、私見。

軍関与の資料発見という朝日新聞の報道は完全に意図的な悪意による報道。これは文面を見る限りあり得ない解読をしている。またこの件は、90年代早くから各方面で指摘されている。

日本は戦中も、朝鮮半島経営に多額の資金を使っていた。その分を航空機や空母に回せば、あの戦争だってどうなったか知れない。予算の3分の1を使っていたという。バカバカしい事であった。当時の日本人の誠意をないがしろには出来ないとしても。


※ 慰安婦強制問題について。

なぜ、慰安婦の強制連行という捏造が行われたのか

これはもはや真実の可能性など1%もない、完全な捏造である。これについては、多数の書物、サイトがあるだろうから、当方からいう事はないが、気になった点をいくつか書いておく。

A.なぜ、戦後40年もの間、慰安婦当人あるいは各国政府は何も言わなかったのか? 

しかも、公然化した途端に謝罪だ賠償だと騒ぎたてている。当時慰安婦の大半を占めた日本人女性は何も言ってないのに。

60年代に行われた日韓基本協定についての会合では、一千回を超す会議で一度もその手の話は出ていない。ただ一度だけ、慰安婦の郵便貯金の返済問題(笑)が出されただけらしい。大金を稼いでいた証拠でもある。実際、それに関連する訴訟も行われた。当時の大金がインフレによってはした金になったから、当時の金の価値で返せ、という訴訟。数千万だとかの金額だったと思う。当然敗訴した。このように多額の金を稼いでいた、という証拠はいくらもあり、公然化しているのだが、日本のサヨク連中は見ようとしない。


B.慰安婦はいかにして故国に帰ったのか?

戦争中に日本軍が返したのなら、隠す意図は無かったという証拠でもあるし、強制させる意図も無かったという事になるだろう。強制なら、帰す必要などない(というより、強制ならそもそも朝鮮から連れて行く必要すらないのだが。現地で充当すればよい。これは当時の朝鮮の売春システムが機能していただけの事である)。

また、戦後帰ったのなら、日本軍にはもはやそんな手配をする権限などない。武装解除されているし、船舶など用意は出来ない。当然米軍などによって帰されたのだろう。で、そのさい調書など取られたはずで、性奴隷にされてたのなら軍事裁判にかけられてもおかしくない。しかし、そんな例など皆無。被害者が20万人もいたというのなら、いくらかは表面化してもいいはずだが。インドネシアのオランダ人女性の件が唯一立件されたが、これは実際に事件があったから訴追されただけの事である。他の慰安婦についてはそんな事情などなかったに過ぎない。

このオランダ人女性の件は、一旦日本軍の軍事裁判によって有罪にされたあとに、オランダ主導の軍事裁判で絞首刑にされている。女性は気の毒だったとして、強姦で死刑とは。今の死刑廃止強要とは偉い違いであることか。西洋諸国の偽善振りのいい見本だ。しかも、同じ事件で2回の裁判というのも、近代法の趣旨に反するのではないのか(笑)。まあ、あの手の連中に言ってもしょうがないが。平気でダブルスタンダードを使うし。


※米軍の調書

米軍がビルマのミートキーナで保護した朝鮮人慰安婦から取った調書も存在し、ネットで公開されている。それを見る限り、慰安婦は十分稼いでいたし、業者に使われていたことも明白。

その米軍の調書。念の為、魚拓

その一節、

The "house master" received fifty to sixty per cent of the girls' gross earnings depending on how much of a debt each girl had incurred when she signed her contract. This meant that in an average month a girl would gross about fifteen hundred yen.

(訳)慰安所の経営者は、女性が契約した際どの程度の借金を負ったかによって、女性の稼ぎの50%ないし60%を受け取っていた。この事によって、女性の平均月収は、約1500円だった事が分かる。

当時、教員の初任給が15円だったそうである。ざっとその100倍。こんな稼ぎなど、軍隊の将軍にでもならない限り不可能。当時何の産業もなかった朝鮮半島でこれを嫌がるわけがない。今でさえ海外出張で稼いでるってのに(笑)。

さらにこれでわかるのは、
業者と慰安婦(実際は親だろうが)の間には契約書が交わされていた。
親の側は、金を事前に受け取っていた。
おそらく、契約の期限があった(それが過ぎれば帰れた、という事)


という事で、今とさして変わらない。


まあ、ようするに、業者との契約が終了して帰った女性もいれば、帰り損ねて、米軍に帰して貰った女性もいるということになる。

全く、馬鹿げた騒ぎであった事だ。

(追記5/5)
この件について、「そういうケースもあったとしても、性奴隷にされた女性がいたことを否定出来るものではない」という種類の反論をする人がいるが、ありえない反論である。旧日本軍は、ガチガチの官僚社会であって、一方で将軍並の望みうる最高クラスの収入を与えながら、他方では性奴隷の待遇をするなどあり得ない。一体どういう待遇の会計処理になるのか。

仮に民間業者が地域によって異なる待遇をしていたとしたら、それは旧軍とは直接関係なくなるわけだが、それもあり得ない。そういう場合、慰安婦は客の兵士に不満を言うだけで済む話だ(あるいは見てるだけでも分かるだろう)。朝日新聞が報道した、「日本軍の関与」の書類も、悪徳業者に注意しろという趣旨の陸軍からの通牒であって、そのような営業を行っていれば直ちに摘発されただろう。

証拠として残っている物が、普通に営業しているものしかない以上、性奴隷など捏造だとしかいえない。


(追記6/1)当時の貯金通帳

毎日新聞 1992年5月22日の記事で、元朝鮮人慰安婦、文玉珠が、下関郵便局に預けた貯金通帳。
26145円が貯金された。利子や引き出しは別。左側にある数値の内、500,700,550,900,780,820,950,85,5560,5000,10000,300が預金らしい。預金と引き出しは色で区別されているので、この画面では分からないが。当時の円の価値は今のほぼ1万倍。毎月、数百万円も稼いでいたことになる。

上に引用した米軍の調書の文に続いて、
She turned over seven hundred and fifty to the "master".(訳:慰安婦は、経営者に750円を渡した)
とある。

つまり1500円の収入(普通に言うと「稼ぎ」か)の内半分程度の750円を引けば、残りは丁度、上の貯金通帳の金額のようになる。見事な一致である。

このように残された資料は、慰安婦が相当な高額の稼ぎをしていたことを示していて、矛盾がない。資料に矛盾してるのは、慰安婦が性奴隷だと言っているサヨク連中と、名乗り上げた元朝鮮人慰安婦の証言である。
正否が各々どちらにあるのか、言うも無駄である。


テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

時事ネタ-石原慎太郎氏の予算委員会質疑

石原氏の衆院予算委での質疑

今日たまたまテレビを付けたら予算委員会の質疑をやっていて質問者は石原慎太郎氏だった。
これが結構面白くてずっと見ていたのだが、予想を超えて長くて参った(笑)

映像は→youtube



あるいは、国会ビデオライブラリー

あるいは、ニコニコ動画

質問と言っても独演会に近く、日本の歴史、文化、憲法、天皇、尖閣問題、シナ呼称問題、靖国神社、軍事、さらに複式簿記と多岐にわたり、歴史や個人的エピソードを交えながら自説を述べるている。実に面白かった。たまにかなりきわどい質問を安倍氏や麻生氏に投げかけるのだが、危なげなく答えてたのも中々良かった。      

発言をピックアップしていくと、

・遺言のつもりで質問に立っている
・靖国で会った、夫を太平洋戦争で亡くした90過ぎの婦人の歌、
「かくまでも 醜き国に なりたれば 捧げし人の 只に惜しまる」を聞いて国会に帰ろうと思った。
・勝者が作った憲法を国民の代表者たる首相が破棄すると宣言した場合、それを阻む原理があるのか?
安倍首相の答え「マッカーサーがホイットニーに命じて僅か8日間で作らせた憲法であると認識している」(私見:良い答え。しっかりこの憲法の胡散臭さを国会で証言した、というのがいい)
・トインビー「自分で自分の国の事を決められなかった国は速やかに滅ぶ」

・吉田首相の側近だった白洲次郎の言葉「吉田先生は立派だったが、たった一つ残念なのは、サンフランシスコ平和条約が締結されたとき、なぜ直ぐに占領軍憲法を廃棄しなかったか、ということだ」
・村松剛がアメリカに行った時、日本とドイツの終戦記念日のニューヨークタイムズの社説をもって帰り、それを読んだが対照的だったという話。「ドイツについては、この民族は非常に優秀だったがナチスによって道を間違えた、早く復興するために協力しよう、と書いていた。日本については、怪物ナマズから牙を抜いている図を書いて、この醜く危険な化け物は倒れはしたが、まだ生きている。我々は世界の為にこの化け物を解体しなくてはいけない」と書いていた。
(私見:確かに日本は欧米支配の当時の世界では化け物であったことには違いない。非欧米国で唯一彼らと互して異なる原理で行動した。その為に欧米の植民地時代は終わってしまった。また今の憲法がその化け物制御の為のものであるのも事実。しかし欧米は、彼らの合理性では想像さえ出来ない日本以上に奇妙な存在がある事に無防備だった。中国や朝鮮。北朝鮮問題で、知能指数200?のライスやオルブライトなどの国務長官が手玉に取られたのはその例)

・日本は何も明治になって文明が発展し始めたのではない。江戸時代から数学、経済で先端的な事をやっていた。
・憲法の言葉使いは間違っている。例、恐怖と欠乏から免れる → 恐怖と欠乏を免れる
・「象徴」の意味は? 安倍氏の答え「日本の伝統、文化、歴史と日本国民を象徴する存在」、石原氏「天皇は神道の大司祭で、まさに文化の象徴」
・靖国を参拝するか? 安倍氏「政治的な問題にしたくないので、それには答えない。ただし、国に殉じた死者に尊崇の年を抱くことは必要な事である」、石原氏「首相は行かなくても良い。ただ、天皇は政治的存在じゃないのだから、天皇に参拝して貰えばいい」、安倍氏「天皇にご親拝していただく立場にない」
・エジプトのナセル、インドネシアのスカルノは、自国が独立できたのは日本のお陰、といった。

・シナの呼称問題について。中国政府のサイトのアドレスも、~sina.com になっていて使って問題ない。
・かつて青嵐会の時代に、関西大の学生などに尖閣に灯台を造らせた。運輸省の水路部に言って海図に載せようとしたら、外務省が反対した。
・野田と会談した時言ったことは、尖閣の最も高い場所に灯台を造れ、船泊りを作れ、など。国じゃなくて地方自治体がやったほうが良かった。
・かつて社会党のバカな議員がソ連に行って、貝殻島に灯台を造ってくれといったらソ連が造って、それを根拠に貝殻島と納沙布岬の間を国境にされた。

・尖閣をシナが占領するのは無理。中国に海上輸送能力はない。ロシアから買った戦闘機や、空母には大した能力はない。日本も刀の鯉口を切っておくべき。安倍氏「私の印象は常に鯉口を切っているようにみえるのではないか(笑い声)。相手に侵攻出来ると思わせてはいけない」
(私見:オスプレイはあの島に空輸出来る唯一の機体。海路に依らないから潜水艦などの攻撃を免れるしスピードも段違い。輸送機なのにサヨ連中がこれだけを執拗に反対する理由がそれ→オスプレイの行動半径 日本の左翼は戦前から常に、ソ連、中国、北朝鮮などの代弁者となってきた、奇妙な存在)
・ミサイル能力が日本にないのが問題。

・21世紀で日本が取ったノーベル賞の数は欧州全体に匹敵する。
・ハヤブサの技術は最高のもの。日本の技術で宇宙空間から通常弾頭のミサイルを撃ち込める兵器を作ればいい。ただし、GPSが必要。麻生氏「ハヤブサの技術は、アメリカも問い合わせてきた」
・横田基地を利用すべき。横田の為に空路も制限されてる。アメリカにとっても必須なものではない。あと5年で日本の空港はパンクする。個人所有のビジネスジェットを飛ばせるようにしたら世界の富豪が来れるようになり経済にも好影響がでる。本格的な旅客用空港だとインフラの整備が大変。
・「都知事時代、今どこに行っちゃったか分からない亀井静香に(笑い声)、今どこにいんのあいつは? みどりの党? みどりの党ってなんですか? 聞いたことねえや」。羽田に4本目の滑走路を造らせた。だけどまだ足りない。

・第七艦隊の夜間発着訓練の場所を三宅島にすればなにかと都合が良い。岩国や硫黄島よりはよほど良い。

・複式簿記の話

・旧1万円札が2000億円分残っている。個人資産が1500兆円あり、相当数の円が眠ってる。日本の個人資産は大量にあるので円高はやむをえない面もある。これを外に出せるようにしないといけない。麻生氏「戦後世界で初めて、デフレの不況になっている。他は全てインフレ不況。個人資産をなんとか動かしたい。そのための金融緩和政策をやっている」

・ホーキングは、全宇宙で高度な文明をもった星は200万あるが、宇宙的な時間では瞬間だからお互い会うことはない、と言った。文明時代は短いから。(私見:確かに個々の文明はせいぜい数百年で短いが、人類全体としての文明がどの程度の長さになるかはまだ不明である)
・環境問題、「北極海の氷や、ヒマラヤ、ローヌ氷河の氷も消えている。ツバル諸島は半分沈んでいる。」
・ある飲み屋に開高健の色紙があって「明日地球が滅びるとも、今日君はリンゴの木を植える」と書いていたが、ポーランド詩人の言葉だった。子孫にちゃんとした地球を残さないといけない。サミットでしっかりしたスピーチをして欲しい。安倍氏「環境問題は大事なので、石原伸晃氏を環境大臣にした(笑い声)」
(以上抜粋終わり)


亀井の所で笑ってしまった。しかも「みどりの風」なのに「みどりの党」と間違われてるし。存在感なし(笑)。

しかし、安倍さんの言葉使いには感心。天皇の「ご親拝」(参拝じゃなくて)、「硫黄島」を「いおうとう」、岩国基地への移転は「59機」、現憲法の制定の経緯や関係者の名前、極めて正確に言葉を使っている。ただ、最後の伸晃の話は余計だったかなあ(笑)

麻生さんの表情が中々面白かった。原口の全く興味なさそうなソワソワしたふて腐れた態度の酷いこと。


※ 環境問題について

ツバルが水没してるという話は眉唾だという事も聞くが。また温暖化が事実だとしても、必ずしもCO2のせいではないらしいが。観測の結果では、気温の上下に対して、それに遅れてCO2の量が増減している。これは温度が高くなると海水中のCO2が大気中に放出され、低下すると吸収されると言うことで、気体と液体の関係としては実に科学的なまっとうな事態。

人工的なCO2排出量は大量にみえても、大気全体のCO2量からすれば微々たるものらしい(コンマ以下のパーセンテージ)。だから大した影響は与えていないはず。そもそも大気中の二酸化炭素は、全世界の直物の光合成の原料になるものであって、毒素とかではない(笑)。これによって作り出される養分が無ければ、地上のあらゆる動物植物は生きてはいけない重要な原料。この事が意図的に無視されている。

海面水位の変化など過去に遡ればいくらでもある。大ざっぱに言って、過去千年で1m程度、過去1万年でプラマイ100mはあるはず(いわゆる縄文海進など)。約1万年前、対馬海流が海水面の上昇によって日本海に入り始めたのだが、それ以前は新潟辺りは乾燥地帯だったらしい。あの大雪の元は暖流がもたらす水蒸気。

またこの数年で地球はむしろ寒冷化に向かっているという話もある。太陽活動の与える影響の方が人類の活動など比較にならないほど圧倒的に大きい。例えばの話、季節による気温の変化は人類に依っては全くコントロールされてはいない、当たり前の話だが。その変化は、僅かな地球の傾きと、それによる太陽光の受容の仕方による。角度の変化だけで、冬の大雪から夏の酷暑まで、あれほどの影響が出るのだ。それに対して人類の活動は何の影響も及ぼしていない。


※ リンゴの木の話の意味は?

リンゴの木の話では、私は、英国の7日間女王、17歳で処刑されたジェーングレイを思い出した。逮捕されロンドン塔に幽閉されたあとも、処刑の前夜までラテン語の勉強をしていたという。未来は不確定なのだから、現在を精一杯生きる、という意味にも取れるのではないか。


※ 支那について。

これは昔の仏典に出てくる言葉らしい。インドのサンスクリット語仏典を漢語訳したさいに使われたという。今のチャイナやシーノの語源なのだろうが、若干問題がある。なぜ中国側の僧侶がこの字面を選んだのか。中国の事をさすのなら、その元になったと言われている「秦」、あるいは当時の王朝名、あるいは、「中国」でも良かったはず。ちなみに中国という言葉は、史記の昔からある言葉。漢和辞典を引けば当時の用例が載っている。中原に出来た国家を表す。元を含む歴代王朝が使っている自称。明史には「中国人」という用例もある。

では、なぜ「支那」という漢字が使われたか。現在の中国の社会科学員の論文では、昔インドと中国の国境に「支那城」という城があって、インド側で中国をその城の名前で表していたからだ、という。これは納得できる説明だと思う。

いずれにしても、支那にもシナにも侮蔑の意味はない。倭やジャップにはあるし、日本側では使っていないのだから一緒には出来ない。
ロシア方面では中国の呼び名は、「キタイ」。なんと中国にとっては異民族である契丹から出た言葉だ。キャセイ航空も同じ。それを許しているのに、由緒ある支那を拒否するというのはおかしな話だ。

以上

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